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「流星」
帰りだった。暗くなり始めた駐車場でふと、背後から声が掛かる。潤が、自分の車の前で手招きしてきた。
「なんだよ」
「あい、これ」
呼ばれて行ってみて、ふと渡された四角い12センチくらいの、黄緑色のCD。
あぁ、これは確か以前に、こいつの保護者にひょんなことから借りたやつだ。
「クリスマスと言えば」
「…俺的には赤いヤツのがぽい気がする」
「わかる。けどほらデートだから」
「…柄にねぇな。さんきゅ。じゃぁ俺も…」
車の方を見れば潤は素直についてきた。伊緒が先に助手席に乗っていた。
覗き込んだ潤が、「すっかり馴染んだな」と薄く笑う。それに伊緒ははっきりと、「はい」と答えた。
「潤さんは?|雲雀《ひばり》くんどうしたんですか?」
「あいつは今は、知り合いが見てくれてる」
「知り合い…」
なんだか伊緒は、とても複雑な表情で俯いてしまった。
「どしたの、伊緒」
「いえ…。なんだか」
『俺は自分のテリトリーと幸せはけして|穢《よご》さないのさ』
「潤さん、幸せそうですね」
彼の一言が甦る。
彼の知り合いと言うのは多分、彼のことだろう。
口元の黒子が印象的な、あの人。
「そう?」
「はい」
「あぁ、はいこれ」
運転席でチェンジャーやら何やらを弄っていた流星が、漸くそれをやめて1枚のCD-Rを、運転席から手を伸ばして渡す。流星が借りたものよりも、薄いケースに入った、曲番も、癖のある手書きのCD-Rだ。
「CD-Rかよ」
「でもいいよ」
「はいはい。わかった。さんきゅ」
受け取った潤の左手の長い指に、吐きダコはなかった。それだけは安心した。
「じゃ、頑張れよ鉄面皮」
「お前もな性格破綻」
潤が踵を返して後ろ手に振ったのを見て、伊緒は助手席の窓を閉めた。早速流星はそのCDをチェンジャーに入れ、聴き始めた。
車はそれから、暗くなる街の中を滑り始めた。景色はそれでもきらびやか、街が、賑やかになっていた。
あの日飛び出した この街と君が正しかったのにね
潤っぽい。そして、あの人っぽくアナーキー。
擦れた街並み、きらびやかで無理したライト。確かに、クリスマスと都会だ。なかなか良いセンスをしている。
幸せそうな潤を見て、彼はあの子を今日は知り合いに預けていると言っていた。
伊緒はその知り合いを知っている。流星も知っているが、潤はそれを知らない。潤はもしかすると彼の素性を知らないのかもしれない。
彼は、前に潤が怪我をして少し部署を離れたとき、部署に突然訪れた。流星の、昔の仲間だと言っていた。
そしてその彼は、流星も政宗も知らない、二人きりの場所で伊緒には言ったのだ。
「君は流星のことも潤のことも知らない。流星だって君の深くは知らないだろう。そして二人は、俺に気付いていない。つまりは、そう言うことだ。詮索は好かない。
俺は一人で護れるのさ。そうでなければ、悲しむ人が出来てしまうじゃないか、そうは、思わない?」
あのときの彼の、
殺意と、そして虚無に満ち溢れた目を思い出す。背筋が寒くなった。
彼は、とても冷たい場所に一人でいる。あの目をした人種は大体、そう、人を簡単に殺せてしまう人なのだ。昔の自分の保護者がそうだったから。これは経験上の勝手な伊緒の偏見だ。
「伊緒」
呼ばれてみて我に返った。流星の、切れ長だが優しい夜のような眼が不安を写していた。
「どうした?」
「いえ、ちょっと…。
昔を、思い出しちゃって」
「そうか」
居場所もなくて取り敢えず歌詞カードを見ることにする。流星が、「3曲目だよ」と教えてくれた。
リッケン620を頂戴 19万も持っていない 御茶ノ水
「後半が凄くさ、なんか潤っぽいよな」
「あぁ、わかるかも」
「このアルバムさ」
流星が、懐かしむように語る。
「昔、潤の保護者から借りたんだ」
「…そうなんですか、あ、ベンジー…」
話しているうちに出てきた単語。確か、これは流星の保護者が、好きな人。この前聴いた曲の作者。
「そうそう。リンゴはベンジーの熱狂的なファンなんだってよ。まぁ、グレッチでぶってて言うくらいだからね」
「グレッチって?」
「ギターメーカー。ベンジーと言えばグレッチ。リンゴもこのアルバムのジャケット、グレッチだよな。リッケン620とか歌ってんのに」
「アナーキーというか」
「なんというかね」
なるほど。
「でも女の人のわりに、歌い方はどっちかと言えばミッシェルさんっぽいですね」
「しかし曲の作り方はベンジーだよなぁ」
なるほど。
「なんか、ホントに少しだけわかったような、わからないような」
「ん?」
「いや、きっと二人の保護者さんたちは、本当に二人みたいだったのかなぁって」
そうかもしれない。けど。
「多分、違う。
多分、俺たちよりも、そうだなぁ。仲は良かったし、わかり合っていた気がする。あいつの保護者を、だから俺の保護者は」
樹実は、だから。
「助けた…のかもな。きっとあの二人は、俺と潤よりも」
死を共にしていたのではないか。あの二人は。
多分、流星と潤は、そうではない。
懐古を見る流星の表情は、やはり苦しさはなくとも、息が浅いような、そんな、苦悶とも、哀愁ともつかない、けれども少しの光は見えるような表情に伊緒からは映った。
きっと、美しい記憶ではあるのだろう。
美しくも、苦しい、そんな。
「伊緒」
「はい?」
「ダッシュボードからタバコ取って」
懐古を破るいたたまれないような掠れた一言は、不自然なものだった。
あれ?
今朝、買っていたような気がするけど、サイドボードにもまだ箱あるし。
違和感を覚えつつダッシュボードを開けてみた。
赤いリボンが掛けられた細い箱があった。
「あぁ、タバコじゃないや、それ、その箱」
伊緒が取って渡そうとすると、流星とちらっと目が合い、微笑む。そして、「開けてみ?」と言われて。
まさか。
開けてみると、シックな、灰色のマフラーが入っていた。触り心地が滑らか、なんとなくだが高そうな、しかし薄くも暖かそうな、マフラーだった。
「寒いのはよくないから。感謝クリスマス」
なんだそれは。てか。
「ふっ…ふふふ」
なんて。
「え、ダメかな?」
「うーん、凄く不器用」
「嘘ぅ…」
「でも…暖かいです」
それがこんなにも。
「嬉しいです。ありがとうございます。
環さんにはちゃんと、素敵な一日を送ってあげてください」
そう、満面の笑みで言われては。
「う…はい」
でも、こちらも嬉しい気分には、
暖かい気持ちにはなるもんなんだと流星は初めて知った。
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