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 帰りは本当にカニちゃんこと蟹江《かにえ》さんという、なんだか見た目が、ヤクザっぽい黒のダブルスーツでテカテカポマードの強面で彫りが深くがたいの良い中年男性が迎えに来た。

 最初は、こんな場所に一人立っているそんな人、何かと思った。
 その人を見つけた瞬間樹実が、「蟹江さ〜ん!」とか満面の笑顔で手を降って抱きついちゃったもんだから流星は唖然。

「坊ちゃん…飲みすぎましたね」

 とぼそりと、意外にも滑舌よく言うその人に、状況が全くわからなくなってしまった。

 そして自分とカニちゃんの目が合い、やべぇ、そう思った瞬間に樹実が振り返って、「はっはー!びびってやがるよ蟹江さん!」とか物凄く場に似合わないハイテンションさの樹実に手招きされてしまって、これはどうしようどうしたらいいんだろうと色々な考えがぐるぐると頭を過った。

「坊ちゃん、困ってますよ」
「流星!いいから来い!大丈夫この人堅気だから今は!公安の専属ドライバーだから!」

 今は?へ?そんな人を雇っているのていうか誰、公安って何、俺が信じる公安って。所謂警察じゃないのなんなの怖い。

「あの、坊ちゃん、」
「はい?」
「…帰りましょう。坊ちゃんの家に」
「はーい!ありがとー!」

 そう静かに言うと蟹江さん、少し中腰になり、おんぶの合図。樹実はそれに従い、蟹江さんに背負われ、そのまま流星の元に歩いてきた。

「え、えぇ!?」
「申し遅れました。高田《たかだ》の専属ドライバーの蟹江と申します。いつも坊ちゃんがお世話になっています」

 誰だよ高田。

「あ、タカダは俺が悪口言ってるあいつねー、父親兼上司なんだよねー今は。ねーカニちゃーん」

 とか言いながら樹実は蟹江さんの頬を突っつきまくってる。しかもなんか、可愛らしい感じでもなく突き刺すように。多分結構酔っぱらっている。ていうかそんなことをしていいのか、埋められないか、コレ。

「ほうですね《そうですね》。いはいです《痛いです》」

 と言いながら蟹江さんは樹実にタバコを与えて黙らせた。どうやらこの男の扱いには手慣れているらしい。

「さて、お寒いでしょう。お送りいたします。坊ちゃんの坊ちゃん」
「は、はぁ…」
「流星挨拶は!」
「す、壽美田流星です…」
「壽美田…」

 蟹江さんは一瞬眉を寄せたが、少し考えるような素振りをしてから樹実をちらっと見ると二人、目が合って樹実は首を小さく否定するように振った。それを見た蟹江さんは納得したように、

「風情ある名前ですね。大切にしてください」
とだけ言って歩き始めた。

 なんだったのだろう。

 踵を返した蟹江さんと樹実の背に、流星は黙ってついて行った。
 その短い距離の間も樹実はずっと蟹江さんに、「久しぶりにルークがさぁ、」だの、「あのクソ教官まだ出世しねぇのな!」だの、ぺらぺらぺらぺら一人で喋っていた。

 車についてから樹実は問答無用で後部座席に寝かされ、流星は、この人隣嫌だと思い助手席に行こうかと考えていたら、蟹江さんが寝そうな樹実を見て、「お側にいてあげてください、もしよければ」と言ってきたので、それも嫌だったがまぁマシかと、後部座席に無理矢理座り込んだ。最早樹実の頭を退かして、というよりは膝枕状態だった。

 それから蟹江さんが運転席に乗り込んで発進。本当にこれは家に向かうのだろうかと言う不安が一瞬過るが、樹実が完全に安心しきっている。

「蟹江さん」
「…はい」
「でもね、ちゃんと任務は、果たしたよ。それは高田さんに言っといて」
「…かしこまりました。
お疲れ様です」
「あら、ありがとう。蟹江さんだけだね、そー言って労ってくれんの、いつも」

 それだけ言うと少しして、樹実は静かに胸を上下させ、寝てしまった。

 これは気まずい。二人だけの環境か。
そう思ったが、「坊ちゃん、寝ましたね」と、話しかけてきたのは蟹江さんの方だった。

「あぁ、はい」
「随分、お疲れのようで」
「はぁ、そうですかね…」
「…坊ちゃん、今日はお父様の命で急遽遠出しまして」
「あぁ、米軍基地とか言ってましたね」
「あぁ…」

 少し間を置き、「話されたんですね、坊ちゃん」と、淡々と、しかしなんとなく驚いたのだと読み取れる間で話す。

「昔事件がありまして。坊ちゃんは正義の見方です。ですが、友人を何人か亡くされてしまったようで」
「はぁ…そう、なんですか」

 確かに。

「確かに、この人は…」

 ヒーローだ。しかし、そうか。

「でも、よかった。話せる人がいて。話せるように、なって」
「え?」
「坊ちゃんこう見えてそういったこと、不得意ですから」
「あぁ、はぁ、まぁ確かに」

 それから特に会話はなかった。
 色々考えてみたけど、まぁ、人は見かけによらないんだなと流星は思った。多分、蟹江さんは物凄く良い人だ。

 家の前について蟹江さんが樹実を抱き起こすと、漸く起きた樹実は隣にいた流星に全体重を掛けるかのように腕を回してきて寄り掛かり、片手をぶらぶら振って、「ありがと蟹江さん、またねー!お疲れさーん!」とこんな調子。相変わらず寝ても覚めてもクソテンション。

 蟹江さんは頭を下げ、上げたときに一言、「坊ちゃんをよろしくお願いします」と言い、夜の闇に消えてしまった。

 家に漸く帰ると樹実が、「あぁ、我慢してたけどダメだ、吐く」とか言ってトイレに駆け込んだのでそれを介抱。

「なんで言わなかったの」
 と聞いてみれば、
「カニちゃんがいたから」
と言う返答。

 得てして不思議である。迷惑なら当に充分掛けているだろうが。

 取り敢えずそれからしばらくは樹実に水を飲ませたり色々して、そういえば夕飯はまだだったと思いだし、仕方なく、落ち着けるようなものを少しだけ作ってやった。

 散々なキリスト誕生歳となったが、
散々を、見れたような気がした。

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