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 しかしまさか潤の口からクリスマスと言う、日本の国民的一大イベントが飛び出すとは思わなかった。いや日本行事ではないけれども。
 何も考えていなかったがそうか、どうしようか。

 帰りにぼんやりとそんなことを考えながら運転する。試しにもう一人の同居人に聞いてみることにしようか。

「なぁ、伊緒《いお》」
「はい、なんでしょう」

 伊緒は積んでいたCDの歌詞カードから顔を上げ、流星の横顔を眺めた。手元のCDはいかにもクリスマスっぽい、ブランキーのアルバム、「C.B Jim」で、流れていたのは丁度7曲目だ。

 ブランキー派かミッシェル派かで言えばミッシェル派なのだが、何分《なにぶん》これは10年以上、なんだかんだで持っている。とくにクリスマスのこんな時期、当時の保護者はよくこのアルバムを流していた。このアルバムはやはり冬っぽい。このアーティストにしてはパンチに欠けている気がしてならないがそれでも確かにベンジーは冴え渡っている。
 とくにこの、7曲目の「ライラック」。ギターのリフも歌詞も。ミッシェルにはベンジーのような叙情的な歌詞と秘めた狂気はないなと思う。まぁ、ミッシェル派だけど。

「…冬っぽいよなぁそれ」
「まぁ“クリスマスの4日くらい前”とか“真冬にコートを着込んで”とか言ってますしね」
「そうそう。クリスマス。
潤にさ、何すんのって言われた」
「聞いてましたよ、てか聞こえてましたよ。どうするんですか?」


思いっきり息を吸い込んでみなよ
乾いた唇を閉じたまま


 歌詞が耳に入る。もう少しで歌が終わるな。

「それ聞いてみようかと思ってさ」
「うーん…」

 これは発想の転換が必要か。
 赤信号だしアーティストを変えよう。少しオーディオのチェンジャーをいじってCDチェンジ。ミッシェルの『SABURINA HEAVEN』。

 そういえばこの曲も7曲目だ。ミッシェル唯一と言っていいほどの冬曲。しかしながらなぜジプシー・サンディーなんだろう。やはり叙情はわからん。

「えそれなに」
「ミッシェルだよ」
「好きなんですか?」
「まぁ。いや今は気分転換。
で、クリスマスなんだけどさ」
「はぁ、デートプランですか?」

 うっ、と息が詰まった。
 何もそんな堂々と核心に迫らなくてもいいだろう。というかデートじゃなくて三人でのことも含めて考えていたのになんなんだこの子は。

「…そうそう3人でデー」
「マジで言ってるんですか流星さん」

 凍った。


あの子に居場所はいらない 空と海と大地に降りたって人から人へと…


「ま、マジですけど」
「二人でどっか行って来てくださいよ。俺居場所ないでしょうよ」


ジィプシ、サンデー
ジィプシ、サンデー…


 可愛くないガキだ。なんだってんだ。

「えぇ、なんでよ」
「そーゆーのよくないと思うんですよ流星さん」
「え、え、」
「俺ちょっと潤さんが言ってる意味分かりますよ。あんただってさぁ、普通これがチャンスじゃないですか?」
「いや、君は何を」
「逃げてるでしょ、あんた」

 なんだって?

「別に逃げてねぇよ、何にだよ」

 少し不機嫌に流星が伊緒に返せば、ふぅ、と溜め息を吐かれた。そこまで露骨だとこっちが言葉を失くしてしまう。
 取り敢えずいたたまれなくてタバコに火をつける。


ずっと彼女と二人でいれたら それだけでいいと言って 笑った


 あぁぁ、なんでこんなときに曲って滑り込むのか。

 しかし思い出した。その後に続く歌詞で。
 叙情的じゃないなんて思ったがそうでもなかったぞチバさん。

「…観覧車」
「え?」
「観覧車。そうだ、観覧車…」

 呪文のように繰り返す流星が伊緒には奇妙で仕方がない。しかし伊緒はその思いを隠しもせずに、「幻想的ですねぇ」とぼんやり言った。

「…変かな」
「え?」
「いや、」

 だが少し、なんとなく流星が考えているようなそんな表情や声色なのは読み取れた。案外彼は真面目に「観覧車」というものを叩き出したようだが。

 どうだろう。彼に、少しの哀愁は見える気がしてならない。

「思い付くの、それしかなくてなぁ」
「…いままでは?」
「さぁ?気付いたら、年なんて越してんだよなぁ」

 幼い日に思い出す思い出がシンプルに、それだけだった、日本では。

 次の年はどうしたか。
 どこかの年でそう言えば一度フィンランドに連れて行かれた。
 寒くて熱を出した。
 あとは樹実はいなかったかもしれない。その他は勉強もしまくって。

 アメリカにいたときはどうしただろう。

 あぁそうだ当時付き合った彼女とカジノでバカ騒ぎして補導されかけた。
 その直後に、彼女が家に上がり込んで来て目の前で全裸になるあたりやはりアメリカ人にはそういったなんか、感覚が外れている気がして怖かったなぁ。まぁノリに乗ったけど、日本人にないセクシーさだったから。それくらい自分も若かったし。言うなれば男は猿の時期だし。

 溜め息を吐いた。
 ろくな思いでなんてないじゃないかクリスマス。

「どうしたんですか」
「ろくな思い出がないんだよ」
「ろくな思い出にしたらいいんじゃないですか?思いきって告白してみるとか」
「それって」

 ろくな思い出かよ。
 てかやはりどうもみんな勘違いしている。

「ほらほら、Let me goだって」
「いやぁ…てか」


連れてくよ 犬だって 猫だって


「お前も行こう」
「だから、」
「みんなで観たいじゃんか」
「いつだって別々さってミッシェルさんが」
「違うの!」

 逃げじゃなくて。

「あれは…凄かったの!
 日本に来て、綺麗だなって思ったから」

 そう言っているのに。
 伊緒は少し、大人ぶったような爽やかな笑顔で、「尚更」と言う。

「それを伝えてあげてくださいよ」
「え?」
「そうだなぁ、でも俺も観たいから…。
 デートは二人で行ってください。また別の日に俺と環さんと流星さんで行きませんか?これはクリスマスパーティーってやつ」

 なんだそれは。

「待ってると思いますよ、環さん。
 あんた、クリスマスの意味知らないでしょ」

 そりゃぁ。
 確かに。

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