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雲雀に手を伸ばされて、仕方なしに潤はぎこちなくその手を取って3人で家を出る。雲雀の手は、自分より僅かに暖かかった。
夜に息が主張する。きらきら、光るような白さ。冬は寒い。
人通りのあまりない路地を歩く。タバコを吸う祥真は吐く紫煙で輪を作ったり、雲雀を喜ばせていたが潤は、どうにもただ雲雀の右手を握って歩くだけだった。
正直生きた心地があまりしない。どうしたらいいのかわからない。
けれども子供の体温が暖かいのは確かだ。はしゃぐ雲雀を見ていると、笑顔にはなれないけど、普段の日常よりは色があるような、そんな気がする。
例えば祥真の、優しい笑顔が見れる。自分が雲雀に相槌を打つ内容も一応は考えてみる、星が今日は綺麗に見えるねだとか、息が白いのは何で?だとか。
人通りのない道はそれなりに声も反響するが、特に迷惑が掛かる環境でもないし。
行く宛はどこなんだろうか、どこまで散歩に行くんだろうかとぼんやりしていたら、公園が見えてきて。躊躇いもなく、ごく自然な流れで3人で公園に入った。
夜の公園は誰もいない。無機質なブランコや滑り台が新鮮に見えた。
雲雀が二人の手を離れ、滑り台に駆けて行く。「足元気を付けろよー」と祥真は雲雀に声を掛け、またタバコに火をつけた。
なんとなく、そうなんとなくブランコに座って自分もぼんやりタバコに火をつけた。
祥真も、潤の隣のブランコに座る。曇ってしまったダサい黒縁眼鏡を外してポケットにぞんざいにしまう彼は目を細めて雲雀を眺める。一体ホント、なんだってこーゆー人種はすぐに子供を拾ってくるんだろうか。
けどそういえば自分も拾われてすぐ、絶賛引きこもりスタートした時期、こうやって夜にはあの人と公園に来たもんだなぁ、と染々思い出した。
何をするわけでもない。ああやって雲雀みたいに楽しそうに一人で滑り台で遊んだりするほどの精神はなかった。なんせ、もう少し、雲雀の年齢を聞かなかったが、その頃の自分は多分雲雀より10歳くらい年上だった。
じゃぁ雲雀の年齢の頃、もう20年くらい前の頃なんて自分、何してたんだっけと思い返せば。
もう少し閉鎖的だった気もする。多分、今で言う“お受験”だとかの真っ盛り。子供らしい子供時代が、なかったような気がしてならない。
「思い出してんの?」
「え?」
「そんな顔してんなぁって思って」
「…うん、まぁ」
「俺はねぇ、雲雀くらいの頃、日本にいなかった」
「え、そうなの?」
「俺が日本に来たのは10歳くらいだったかなぁ。その頃アメリカがほら、いろいろと大変でね。まぁ俺がいたのはカナダだけどね」
「あぁ、あれは日本もわりとダメージというか…。
毎日同じニュースだった」
父親の殺気がいつもの3倍増しだった。学校へ自分は避難しに行く感覚だった、正直。
「俺でもあれ見たらちょっと海外行けないなって思ったわ…」
リビングの、床の冷たさと。
父親の生々しさと。
気が狂ったように繰り返す、ビルがぶっ壊れる情景。
子供ながらにあれはなんとなく。
腐りきった感性の記憶のひとつだ。ふと何もないときに頭に浮遊する景色。そんな濁った記憶。子供の時の物ほど、そういった記憶はどうして鮮明に残ってしまっているのだろうか。
思い出したら寒気がしてきた。
まだまだ自分は、自分の心のそこかしこが痣だらけだ。
『寝れなくなったらまた来ましょう』
あぁ、そして公園とは。
夜の公園とはそんなことまで引っ張り出してくる。
「寒いねぇ」
不意に掛けられた言葉に何故か、電撃が走った気がして我に返った。
そうか今は。
「…え」
「すっかり寒くなったねぇ。暖かくしないとなぁ。風邪は禁物だ。
子供が一人いれば自分に気が遣えるよね、そーゆーの。今日は風呂にお湯を溜めよう。何度が良いんだろう」
「あぁ…確かに。40とかだと熱いのかな」
「ね。子供にはよくないよねきっと」
「こーゆーのは本人に聞く?何度が良いって。きっと俺より体温高かったから38とかじゃん?」
「わかんないでしょ。調べようか」
「ねーねー!」
飽きた雲雀が元気にやってくる。当たり前のように潤の側に来て、強引に膝の上に乗ってきやがったので、「なんだよ、靴!」とか言ってしまったが、「…まいっか」と、軽くブランコを揺らしながら妥協する。
多分子供とはそんなものだ。
「ねぇクソガキ」
「あんだよクソ潤!」
「口悪っ。躾しなきゃな。
風呂何度が良いの?お前俺より体温高くね?」
「はぁ?」
「ふっ、」
祥真が隣で吹き出した。雲雀が困った顔で、「潤が変なこと言ってるよ」と真面目に言う。それには笑ってしまって返せない。潤も潤で、そんなに変かなと少し考える。
「わかんないよ、ふつーでいーよ!」
「ふつー?」
「うん、ふつー!」
「ふつーかぁ」
普通って何だろ。家のあの、クソみてぇにムダにでかかったあの風呂場って何度だったんだろ。めんどくせぇなぁ。でもまぁ。
「だって、祥ちゃん。文句言わねぇとさ」
「わかった。さて、帰ろうか」
「お風呂入るの!?」
「そーだよ。俺と入ろう。潤はきっと溺れさせるから」
「こわっ」
「あり得るな。お前ムカつくもん」
「犯罪だよ!」
「それが俺は警察なんだな、クソガキ。ほれ、はい」
ぐだぐだ言ってるので潤は雲雀を抱き上げて膝から下ろし、立ち上がって三人で家に帰る。
公園から出るときにふと潤は振り返る。
幼い頃の自分は、ブランコに座って頭抱えて、泣いてたのかな。泣いてない日もあったかな。
隣のブランコであの人が、優しく見つめてくれていた。
『怖い夢でしたか?』
とかのんびりした優しい口調で言ってたけど、自分はそれどころじゃなかった。
「ほら、潤。見てくださいよ。星が綺麗ですよ。こんな日は、少しくらい夜更かししましょうか」
そう言って隣でタバコを吸って。落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。
「悪い夢なんてね、朝になったら、覚えてないんですよ。星と一緒。どうせ届かないものなんていつかなくなってるから大丈夫。眠れないなら、朝までこうしていましょうか。
でも星って綺麗ですねぇ。何か不思議だ」
あの人、何を懐かしんでたんだろう。きっと色々あっただろうから懐かしんだはずなんだ。だって俺も今、公園で夜空を見て、あんたを懐かしんでいるのだから。
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