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「なんだこれは」
やはりその反応をされたか。
早めに出勤してしまった潤は上司兼腐れ縁の同僚に少しの苦笑いを浮かべた。相手は、かなり壮絶な表情をその泣き黒子に称えた。
「やぁ…おは」
「なんだ、これは」
上司兼腐れ縁の同僚、壽美田流星《すみだりゅうせい》は、自分のデスクの書類でお絵描きやら紙飛行機やら、とにかく荒らしまくってる小さな生き物、蜷川雲雀に視線を釘付けにしてドスの聞いたチンピラのような声色でそれだけを繰り返した。
無理もない。年末の書類のほとんど、しかも、部長様の書類をこの小さな子供は朝から元気に10分足らずで紙屑に替えたのだ。流石の潤もこればかりは顔を上げられずにいる。どうすりゃいい。俺は今何をすべきか。
「…はーい、雲雀、挨拶。後に土下座」
「んー?」
「いいから早くしろ。死ぬぞお前」
「え?」
しかし雲雀は勇敢だ。この男の殺気を物ともせずに顔を上げ元気よく挙手をし、「にながわひばりです!5歳です!」と挨拶をした。流星が器用に方眉をあげたのがわかる。
「潤」
「あい、」
「なんだこいつは」
「あの…」
「お兄さん名前はぁ?」
「うるさい雲雀、お利口さんは黙って!
あの、知り合いが置いてったんです」
「はぁ、ここにか」
「いえ、俺の家にです」
「てめぇのガキか」
「違います。俺そーゆーの無理なんで。現に今大変な騒ぎなのです助けてください」
「ふんっ、」
流星は溜め息とも憤りとも嘲笑ともつかない「ふんっ、」を潤に浴びせ、痛いほどの視線を突き刺す。
だがどうもこの性格破綻がクソほど困っているのは事実らしい。なんせ俺ごときにこんなに、なんかもう背を丸めて膝に両手置いてどうしようか上目遣いで顔色を伺ってくるようでは世も末だ。そしてこんなクソ野郎にガキ一匹預けたやつがいるなんざぁ、世も末だ。
「…どこの子だ」
「わりとお偉いさんらしい」
「はぁ!?」
「ははー、俺も最初にそう言いました。気が合うなぁ、流星」
「全然嬉しくねぇけど。なにしてん?」
ははー、それも言いましたわ…。やっぱりそうなりますよねぇ…。
「おはよーさん」
そんなところへ救世主、ゴリラパパこと|政宗《まさむね》副部長、出勤。二人の雰囲気を見て、「ん?」と覗き、「なんだ、それ」とやはりそんな反応。
「おはようゴリラパパ…」
「ど、どうなってんのこれ。おはようクソ姫。
え?姫マジ?」
「違うマジじゃない」
「遊び?」
「死んでください」
「いやコントやってんじゃねぇよ。おはようございます政宗。年末書類があの様です」
「そんなことよりこれはなんだ」
「にながわひばりです!」
「雲雀、黙ってろっつってんだよ良く出来ましたぁ!」
「だから誰なんだよそのガキは!」
「え?なにそーゆー感じなの王子?」
「違ぇよ殺すぞゴリラ」
「長男なら王位をだねぇ」
「だから違ぇよクソゴリラ。ぶち殺すぞ」
「こわいよあいつー」
「だからうるさいって言ってんだよ喋んなクソガキ。あいつ今ガチなんだよ。
ちょっと子供の前でやめろよ鉄面皮」
「うるせぇ撃つぞコラぁ!」
「うわっ、」
思わず潤は雲雀を抱き抱えた。どう見てもDV亭主にしか見えねぇよと政宗は思い、「まぁまぁ、タバコ。ママはそこにいろ」と通告。しかしながら、
「大丈夫。ヤクザの子だから。俺も行く。誤解を解く。
雲雀、行くぞ喫煙所」
と雲雀を抱き抱えたまま先に部署を去るものだから。
「はぁ?」
と、思わず二人して顔を見合わせてしまった。
一体あいつはどうしたんだ。何があったんだ。
仕方なく二人とも潤について行くように喫煙所に向かった。
タバコをゆったり吸い、全く持って納得のいかない言い訳じみた理由をぽつりぽつりと話されたがこの性格破綻、嘘は言っていないようだ。要約するに、
大切な知り合いが大変厄介なことに首を突っ込み、潤にガキを託した。
と言うことだった。
「つまりだ」
「あい」
「都合の良いやつだなお前は」
「流星、そりゃぁちょっとなんかやっぱ恋人っぽい助言だぞ」
「返す言葉もありません」
「いやそこは潤、お前も反論しろよ」
「いやもうそんなメンタルないっす。俺今泣きたい。助けてホント」
とか言って本当に涙目になっている潤に二人とも黙る。
それを見た雲雀が「潤、ダイジョブかー」と袖を引っ張れば最早潤はアウト、本気でぼろぼろ泣き出して「うるさいクソガキっ…」と言いながらぼろぼろぼろぼろ、袖で涙を拭い始める始末。
どうやら本気で参っているらしい。
「なんでまず預かったんだよ」
「うっせぇ死ね」
「はーめんどくせぇな…。お前なぁ、」
「喋んなクソ鉄面皮」
「潤泣かしてんじゃねーよてつめんぴ!」
「うるせぇな書類どうしてくれんだクソガキ」
「あーあーはいはい!
よーし雲雀、ゴリラパパと紙飛行機作りに行こう、そうしようなぁー」
「ざけんな紙!」
「うっせえなぁ、どっかからもらってくるよ取り敢えず潤をなんとかして戻ってこいよ単細胞」
「たんさいぼー!」
「なっ、」
はいはいーと宥めながら政宗は喫煙所から雲雀を連れて去って行った。潤が静かに泣いているのが気まずい。
「…怖いんだよ」
「うん、は?」
「今にも殴り殺しそうで」
それだけだった。
予想が出来ないのだ。雲雀の意味不明な行動や、さっきみたいな優しさや、自分の感情が。
「…でも殺してねぇじゃんか」
「それは、」
「まだ大丈夫なんだろ。考えすぎるから爆発すんだよ」
「…知った口利きやがって…!」
「うん、わからん。お前も雲雀もわからん。けどなんとなく預けたやつはお前の大切な人なら、お前のこと知ってんだろ。じゃぁ、そいつを信じるしかねぇだろ。それしか今やっていけねぇんだから」
「…でも、もし」
「でもももしも言ってる暇があったらさっさと片付けたらいい。あんなん殺して埋めたってわかんねえし。
だろ?でもしないのはなんかあるから。んな泣いてたって仕方ないだろ」
そう言って初めて流星は潤の顔をやっと今日、まともに覗き込んだ。
あ、案外今の俺ならこれ惚れるかも。
そう思って打ち消した。
嫌だわこんな殺戮鉄面皮。せめて祥ちゃん。まぁ、そーゆーんじゃないけど。
「ほれ、仕事。行くよ」
ごく当たり前に流星に言われて。
ただそれはまぁ、皮肉なことに落ち着いた。「わかったよクソ」と返し、二人で取り敢えず部署に戻ることにした。
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