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潤は帰ってから祥真に、半分以上の愚痴を込めて本日の報告をした。
「ふっはっはっは!」と、祥真が明るく笑い飛ばして愚痴は終了した。ちなみに今日の夕飯は最終的にあんかけカツ丼だ。理由は、鳥じゃないから。
「あんかけカツ丼とかはじめてだ」
「俺も祥ちゃんで初めて知った」
「俺もね、昔山に行ったときに初めて知った」
そう言いながら祥真は、あんかけに入れる野菜を切り、「潤、小麦だよ」なんて手元の温度計と潤を交互に然り気無く見ながら助言。それを聞いた潤は手にしていた片栗粉を棚に戻し、小麦粉を皿にあける。その間に雲雀も、人参を洗ったりと、いつもより賑やかなキッチンとなっていた。
「山の中?」
「そう。そこで入った…あれはなんだろう、ペンション?で出されたんだよ。雲雀、玉ねぎはそこまで剥かないでね」
「へぇ…。
これって所謂中華風あんかけ?」
「うーん、なんだろ。俺流アレンジ。その一回の記憶が凄く残ってたから最早なに入ってたとか覚えてなかったからねぇ。大人になって、こうして食べさせる人がいて、ふと作ってみようって」
「え、じゃあこれってさ」
「潤に会って、思い出したから考案した、ってのが正しいかなぁ」
余所見をしながら、しかしたんたんたん、と刻みよく玉ねぎとニンジンとえのきを包丁で瞬殺する祥真。最早これは手伝いは不要じゃないかと思えてきた。
「しょーま、かっけぇ」
「そう?ありがと」
「しょーまのそれってさ」
「うん」
「つまりあいじょーりょーりってやつ?」
純粋な眼で、仕事を終えた雲雀は祥真に問う。思わず二人揃って瞬きもせず雲雀を見る。そして潤と祥真は最終的に目が合い、数秒見つめ合ったのち、
「ふっ、ははは!参ったなぁ!」と、祥真が笑いだした。
「そうだね、うん」
「え、そうなの?」
「そうそう。始めは潤、何も食ってくんなかった」
「あぁ…」
確かに。
「食っても吐くし。どうしたもんかなぁと、仕方がないからそんなときの俺を動かした料理、考えたんだ。浮かんできたのがこれだった」
そんなとき。
あったのか、こんなに優しい祥ちゃんですら。
「祥ちゃん…」
「あんとき、君は言ってたなぁ…。「胃もたれするから」とか「胃が食うことを受け付けない」とか。あれだけ拒否られたらもう自棄になってね。揚げもんでも食ってろこの温室育ち!って。
でもそれで塩味にしたんだ。流石に醤油はパンチが効きすぎてるなぁって」
「え、なにそれちょっと」
良い話っぽくて涙腺が緩みそう。しかし泣けない。俺は今日二回泣いたから。
「なんだかいい話だねぇ」
茶化すように、染々と言う雲雀に、「うるさいな雲雀!」と潤は言うけど、その笑顔もまた憎たらしいまでに可愛らしくて。
「仲良くなったね君たち」
そう言う祥真の優しさに本気で視界が霞んできてしまって。
どうしよう。でもダメだ、いまなら我慢できる。
祥真の、「潤、順番逆だよ」と言う一言が右から聞こえた。間違えた。卵を先につけてしまった。
「ま、いっか」
あぁぁ、ダメだ、違うこと、違うこと。
考えを巡らせながら、それでもやっぱり泣かなかったけど感じたのは、
あぁ、バカみてぇ。
こんなこと、こんなに単純な出来事。たったこれだけでよかったなんて。
それが潤の胸を占めた。
ガキはうるせぇ、相変わらず情緒が不安定。けどこれが。
これが何故生きていると感じるのかと思えた。俺や、翳りもある祥ちゃんみたいな外れもんがこうして、それでも地に足ついてなんだかんだでやってきてるからにはこのガキですらいつかは、こうして何かを抱えてでも、思い出やトラウマを抱えてでも生きていくのだろう。ならば関わっている俺は、祥ちゃんは、こいつに何を、するべきなんだろうか。
カツ丼は美味しかった。ガヤガヤやって、騒がしくもちゃんと出来た。雲雀は満足しながら、
「我が家の味だねぇ」
なんて大人ぶったことを言っていた。人生初のあんかけカツ丼、満足したようだ。
そして今日は疲れたらしい。雲雀はあっさりとその後風呂に入って寝てしまった。今日もまた真ん中だ。
今日こそはと祥真は雲雀の髪を乾かしてやったが、最中で寝てしまったようだ。
「全く変なガキだね」
「そうだねぇ」
しかし案外楽しそうに、祥真は雲雀をベットに運び、真ん中に寝かせていた。
先に風呂に入ったあと、祥真が風呂に入っている間ぼんやりと潤は、ベランダに出て外を眺めながら煙草を吸った。
窓から見える景色は、今も昔も変わらない。まぁ引きこもり時代から2度程引っ越しはした。
当時はもう少し地面が低かった。彼は高いところよりも低いところに住みたがったから。なんでも、地に足ついていないのは嫌なんだと言っていた。よくよく考えれば大層偏屈だが、あの人らしい。
いくらでも引っ越しくらいしてきた。思い出はその都度あった。けれど、満ち足りたことはあまりなかった。飢えた子供だった、多分。
雲雀くらいの頃、本当に欲しかったものを自分は今漸く目の前にしているのかもしれないが、正直それもよくわからない。自分がずっと何を渇望していて、し続けて、死ぬに死にきれずずっとこうして来ているのか。
何度死のうと思ってやる気をなくしてみたり失敗したりしたかはもうわからない。最早したかどうかもわからない。けど死にたくない。だから自分を大切にしてこなかったのだから。
そう言えば自殺願望スナイパーの話をしていた流星は、結局クリスチャン行事をどう乗りきることにしたのだろうか。
「潤」
後ろから声がした。
振り向けば祥真が、困ったように、オフモードの黒縁眼鏡の下で微笑んだ。
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