暖冬×狐×ガラス


 暖かい冬、暖冬。

「本日の最低気温は13度、最低気温が8度の予想。暖かい陽気となりそう」

 とテレビで天気予報のお姉さんが言った。

「ほんなわけあるかぁぁぁ!」

 「うぉ、何事だよ」とリビングで驚きの声がした。

 体勢が疲れた。ノートパソコンの向こう側に発狂してもしゃーないのだけど、一度切れた集中力は戻らないし、何より集中出来ていない。

 ふやけたカップラーメンのような頭に頭痛が再出発。寒気も戻り「だぁぁぁあ!」と炬燵の中に丸まった。

「なんだよ元気じゃんお前」
「元気じゃな、鼻水、鼻水!」
「ティッシュくらい自分でとってよ。俺は今史上最強のお稲荷さんを作ろうと破きながらご飯を詰めているんだから」
「なぃそれ〜、てかぁ、」

 あちち、あちちとキッチンから声がする。
 物音がしないと思えばなに、お稲荷さん作ってたの?昨日スーパーの袋をぶら下げて我が家にやって来た姿を思い出す。ダッフルコートにマフラーに手袋、いかにも暖かそうな格好で「|はむい《寒い》」と言ったこの男、光一。私はベットで完璧に延びていた。

「連絡着かないと思ったらなーんだ、風邪かー」

 のんびり言ってにやっと笑った顔は赤く、湿り気はあったが爽やかだった。この顔の笑窪とか、まぁまずイケメンなんだろうし好きなんだけど。

「いつ帰んの?あんた」
「んー?なにがぁ?」
「だっでいじおー別れたよぉ?」
「んー、そうだねー」

 生返事だ。
 多分聞いてねぇ。

「いや、あんさ、こうちゃ…光一さん」
「よーしもーいーや」

 絶対聞いてねぇ。

 元カレ、光一はいつも通り変わらぬ笑顔で「はいよー」と言いながら皿を持ってきた。

 わーいという気持ちで起き上がれば「なんじゃこれっ、」皿には皮の破けた、というかただの油揚げ巻きが3個くらい乗っていた。そして光一の手にはご飯粒がつきまくっていた。

「ちょっと俺の握力?に皮耐えられなかったらしい」
「え、いやえ、まずうどんじゃなかったん?きつねうどんじゃなかったん?これって油揚げご飯だよね」
「わかってないなぁ、ただのご飯じゃないよ、鶏そぼろだよ?」
「え、え?」
「ほら、加代子が好きな」
「好きだけど、油揚げって」
「お稲荷さん好きじゃないの?」

 …どうしたらいいんだこいつは。
 カップラーメンの意識がぼんやりと昼の湿った窓ガラスに浮遊する。あぁ、水滴が流れ落ちそうだよこの溶けた日常に。これ書こう。その前にノートパソコンを一回しまおう、その前に、

「こうちゃん〜、」
「お、ありがと。作った甲斐があったよ」
「どしてそんなにアホなん〜」
「え、ダメ?」

 光一は一人「いただきます」と言ってお稲荷擬きを一個つまみ「あ、手ぇ洗お」とまた忙しなく立ち上がる。

 やつはどんな反応を見せるかと眺めていれば明らかに「ぐほっ、」と噎せたのが見えた。だよね、絶対あんたの予想の味と違うもん。

「あ゛ー、加代子、」
「いや食べるよここまで来たら。昨日ポカリ買ってきてくれたよね、頂戴」
「…俺も飲んでいい?」
「いいけど」

 ばっさばさな光一の声と、水道の音がする。あれ、私色々なものがふやけちゃってなんか忘れてる気がするけどなんだっけ。

 水道が止まり、冷蔵庫を開けた音にいつもの日常が流れた。
 そうだこれは一昨日までの日常だったはずだと「光一、」と声を掛ければ「んー?」と、ポカリを飲んで食いかけのお稲荷擬きを持ったままの光一がまた炬燵に入った。
 どうして手を洗ったのにまた持ってるのよほど不味いの?どうして私の500ミリポカリを貴方は飲んでしまったのと色々に言いたいけどまず。

「あんた何で来たの」
「え、連絡つかなかったから」
「別れたじゃん」
「うんまぁね」
「しかも一方的に」
「あーそうだね」

 光一は「まぁまぁ」と言いながら私の口に食いかけのお稲荷を差し出しポカリも目の前に置いてくれた。
 その手から不本意ながらお稲荷を食って思い出す。私たちは別れているのだしこれはこいつが噎せたやつだ。言わねばなるまい。

 「いい子いい子」と微笑む彼に「こ、いち、」確かに噎せそうだったが味は悪くない。だけどポカリで流し込んで訪ねることにした、究極を。

「…なんで別れたの」
「ん?」
「一方的に別れよう、それじゃって言ってきたのあんたじゃん。何やってんの」
「理由言ってなかったけ」
「聞いてないよあんたおセンチムードでいかにも「聞かないでくれ」感だしてうちをふらっと去ってた」
「けど帰ってきたじゃん」
「だから、なんで!」

 その日の気分で言ってみましたとかだったら殴り殺してもいいはずだ。

「あー…うん、まぁ聞かないでくれはあってるけど」

 もう一個のお稲荷を眺めて「失敗しちゃったな」とおセンチ決め込む。そして間が出来る。
 ガラスは依然曇っている。

「…行く前にまたここに帰ってこようかなって」
「は?」
「実家、」

 おセンチより重い空気に、彼は爽やかに湿って笑ったのだった。

「親父が倒れて実家に帰らなければならなくなった」
「え、」
「カナダ」
「え、」

 どこから突っ込んでいいか。

「ええっ!?」
「うん、言ってなかったけど」
「なんでっ!?」
「ほら、俺実家なんて滅べばいいと思うくらい嫌いで」
「じゃなくて!一気に聞くけど何故カナダで何故今知って何故突然決めたの!いきなり倒れちゃったはなし!」

 一気に言ったらぜーはーした。ポカリを飲んだら咳き込んだ。

 「大丈夫?」という彼はいつも通りで「えっと、」とマイペースに進める。

「言えないじゃん?俺についてこいとか」
「は?」
「ファッキン実家だし」
「は?」
「加代子のライター業だってやっと起動に乗った」
「は?」
「俺それほど大人になれてないよ、加代子」

 圧巻、唖然、言うことなし。
 どうしてこんなに3拍子揃ったアホなのこいつは。

「そんなんで私は捨てられたのか」
「違くて」
「違わないじゃん、ねぇ」
「うぅ」
「うぅじゃあっか、もう!」

 許さん。
 私は光一の口にお稲荷を詰めてやった。
 まったく、アホの癖に湿ってるんだから、こいつは。

「このアホ!ばかぁ!私のセンチメンタルを返せ!」
「んん、んんん!」
「食ってから喋れ!
一言相談しろよったく!お前は女かアホー!」
「ん、ん、んんん」
「食ってから喋れ!」

 それから延々、
 喧嘩した。
 いつも通りに、喧嘩した。早く晴れて暖かくなればいいのに、ぼんやりとふやけた頭でそれでも、こいつ好きだなぁ、熱に、浮かれている。



※文字数多し!ごめんさい!(オチも決まらなかった、日常の1ページ。必勝ぶっ飛ばしたくなる系男子)

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