紅葉


「依田ちゃーん…」

 地方公演奈良にて。
 相方、竹垣勇咲太夫は舞台袖に出た瞬間、共演の兄弟子に背を向け高身長が小さく見えるくらい情けなく俺に言った。

「この演目俺凄い殺気を感じるんだけど」

 俺的には三味線、俺の弟弟子、鷹沢雀三の嬉々とした腕前を見、なかなか刺激的なのだが。「兄さん久しぶりですね」と挨拶をされ笑顔を返すくらいに。

「ははぁ勇咲。お前も弱ったね。俺の艶にやられたのか?へぇ。
 紅葉、やっぱそんな夫方なんて捨てて俺とやろうよ」

 薄顔43歳、更年期障害疑惑の勇咲の兄弟子穂咲は仁王立ちだが凄く爽やかなドヤ顔で申し付ける。

「…穂咲兄さん、ちょっと苛めないでくださいな。あと袖だからって本名はNGですわぁ」
「何故だい?俺は基本的にオフとオンのスイッチは明確だろう?なぁ、勇咲。どーしたのカッコ悪〜」
「…くっそうムカつくぅぅ!」

 俺は太夫同士の兄弟抗争(オフモード)に多大に巻き込まれていた。

 文楽座一門中堅から若手で有名、竹垣一門での仲が悪い兄弟と演目、景事《けいごと》の『紅葉狩』を共にしていた。

考えて欲しい。この状況はどう考えても俺の方が泣きたい感じだった。

 何せ兄貴分、『艶の穂咲』は俺の元相方だし弟分の勇咲は現俺の相方だが若手、しかも文楽研修上がりだと家元穂咲はそれだけで共演なんて微妙だろうに。
 妻(三味線)を勇咲に、所謂取られた矢先だ、穂咲兄さんとしては心中鬼のようらしい。その様は演目『紅葉狩』を偉く引き立てていたが。

相当こちらは押され気味である。

 しかし勇咲も性分がヤンキーじみているため、
穂咲兄さんにきっと、鬼のように鋭ーく睨むように振り返り「兄さん知ってると思いますけどぉ、」突っかかっている。

 奈良公演、実に地方公演序盤、三回目にして

「実際の演目はお宅が退治される訳ですよね、鬼の娘さん!」
「のわりに何ぃ?お前のその姿ぁ、まさしく鬼に騙されちゃってんじゃーん?えぇ、勇咲よ」
「まぁまぁまぁまぁ…。ほらほら、いい加減にしましょうぜ?あんまり遅いと師匠方からぶっ殺叱咤を受けますから…」
「おや紅葉、お前いつからそんな利口になっちゃったの?」
「えぇー…飛び火ぃー…。仕方ないですよ穂咲兄さん。勇咲くんはヤンキーやから。
 もー稽古しない?勇咲くん。まぁ俺的にはダメ男、後に鬼退治的な感じ、いまちょっと出そうな気がするよー…」
「ヤンキーってすっげー依田ちゃんにだけは言われたくないんだけど」
「はいはい〜」

 退散。鬼退治前に退散。
 最早俺は「雀三よかったよ〜、じゃあまた〜」と苦笑しつつ、勇咲を回収するように舞台袖から稽古場に連れ帰ろうと逃げ去ることにした。

「あーマジ腹立つなあの野郎っ」
「あの野郎はダメだよ勇咲くーん。一応兄弟子なんだから〜」
「依田ちゃんも正直ね、若干雀三に押されてませんか『芸道の鬼|雀次《じゃくじ》』ぃ!」

何っ。

「は?何?」
「ちょっと今日ズレたっしょ!」
「何言ってんの勇咲くん。俺はね勇咲くんに合わせようとエロ本を昨日ね」
「うーわエロ本関係なっ!いらなっ!その報告すっごいいらなっ!」
「いや待って大体ね、勇咲くんね、
 あそこで俺が早めなかったらこの物語の微妙な焦らしがただのネタバレになっちゃうんだよわかるかい?俺的には明確化する度、一音毎に強めに弾いてゆっくりいってが理想なのに君と来たら息を吸っちまうんだからもー、一音ズレ、一音弱し、一番は
『〽️落ち来る鹿の声すなり、風の行方えも、心せよ風の行くえも心せよ、いかに 誰かある、御前に候』
ここに不満ありまくりなんですけどその辺勇咲くん的には」
「待った待った待ったぁ!それ稽古場つくまで待ってよ!」
「どーしてかね、俺はね」
「わかったお馬に行こう、と言いたいが公演中だ絶対師匠にぶっ殺叱咤を受ける!鬼の雀次にうん、完敗!奈良公園に紅葉を見に行こう!」
「鹿公園で和んでどうするの!いま冬だけど!あの鹿怖いんだよ!」
「はい!ね!クソつまんねぇけどたまには行こ!紅葉狩りだよ!」
「うん!わかった!冬だけどね!」

 こうして俺は勇咲とは毎度、「あれ?なんだっけ」と思うほど流され、いつの間にか仲直りをするのだ。

鹿公園、前回行ったのは果たしていつだったかな。
もしかすると駆け出しの頃かも、しれないな。

 だとしたら武道派の月さん以来か。武道派勇咲と行く、芸道奥深しかな。しかし、一月だから正直紅葉もへったくれもない。

「秋を感じないとなぁ、意味あるの勇咲くん」
「んー、わかんないけど舞台として。俺なんだかんだ行ったことないんだよ、修学旅行しか」
「あそう、別に大したことないよ」
「うん、なんか俺多分凄い眠かった記憶しかないわ」

そうか…。

「勇咲くん、あの役はどんな気持ちでやってんの?」

 仮に兄弟子として。
 ここは始めに聞くべきだったのかもしれない。

 師匠の送迎をバックレたとあればそれこそぶっ殺叱咤になりかねない。
 あくまで役作りとして行こうか、紅葉もへったくれもないんだけどとタクシーで鹿公園まで行くことにした。

「意外と好きな演目かもね」

 ふと、勇咲くんが言う。
あ、そういえば確か、心中物とか嫌いな質か。

「んー、ちなみになんで?」
「女を征服するって感覚?」
「え、征服されたい質じゃないの?」
「いや、別に?」
「亀甲縛りを隠し持ってるヤツがなんでなの?」
「まさしく神通力ある剣を携えてるな俺、やっぱこの演目好きだな俺」
「あっそう…」

なんも言えねえ。

「まぁ、」

 鹿公園についた。
 正直寒々しくてやる気を若干欠いた俺がいる。大体男二人で夜に鹿公園。なんなんだこの異様さ。

「鬼でも出そうだね」
「それもいいんじゃん?取り殺される感じで」

ん?

「いつか芸道に取り殺されるも本能、文楽みたいに曖昧にしちまうのもまぁ、いいじゃん」

あぁ、

「なるほどね勇咲くん!」
「…まぁ、」

 鹿めっちゃいる。

「カッコつけましたけどあんま負けたくねぇんで、さっきの『芸道の鬼』の拘り、わりとずっしり来ました雀次兄さん」
「え…、」

何?

「怒ってんの勇咲くん」

 優男の拗ねた顔、
 視界の端に見える鹿。いやぁ、全然集中できないわ鹿。

「怒ってねぇよこの猫背天パ!」

なっ。

「何ぃ…、めっちゃ人の弱点突いてきたな勇咲くん」

 若干イラッ。酷い。俺の気にしてるやつめっちゃ的確に突いてくるヤツ、あんまいないけど。

「ふっ、」

 ヤバいなぁ。
 相方同士ってこんなもんなのかも、鹿凄い。紅葉もない。けどだから、若干笑えてきた。

 勇咲くんもつられて「なんだよ依田ちゃん…」とか言いつつ笑い始めて。

「ふっはははは!」
「ヤバイな、奈良公園で野郎二人、芸能さ迷い中、素面。自然なる精神ぶっ殺叱咤だよねっ、」
「地味に自虐しかないやん!
 はは、悪かった悪かった、案外気にしてたのね俺の爆走」
「当たり前だろ、依田ちゃんそのクレイジーさはぴったりだけど初パターンだよねって相方の意外な一面を引き出したわ俺!」

くれ…
ぱたーん?効果音?英語なのかな。

「太夫として上等かな、俺」
「どうかなぁ〜、」
「ドMとしては上等だよね」
「そうかも。
〽️人の情けの盃の。深き契りのためしとかや。
林間に酒をあたためて紅葉を焚くとかや。
 かな?紅葉狩りにちなんで酒でも買ってこようか!」

本当はね。

「はは!それでこそトリッキー三味線」

 若干失敗したかなって気はしたけど。
 勇咲は爽やかに笑う。優男だなぁ〜…、鹿めっちゃいるなぁ〜…。
 俺は勇咲くんと、紅葉もへったくれもない鹿公園から背を向ける。

 芸道は奥深いな。この寒さをいまの季節から塗り替えねばならない。その一つの役とした『三味線』。
 たったそれだけなんだよと、「秋かもねぇ」と言ってみる。

 死ぬまで飽きは見当たらない。剣を抜いて待ちかけ給えばと一音一音を太夫にのせるのみだ。
 芸道を征服するも、征服されるも。

「何言ってんの依田ちゃん」

 まだまだ、中堅。先の話だと、奈良のコンビニを探して坂を下った。地方公演序盤、奈良にて。

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