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依頼人、山崎恵子《やまざきけいこ》が指定した新宿の喫茶店でまずはコーヒー頼む。
さて、どうしたもんかな、頭を使え。
嫌煙家の依頼人に会う前に、喫煙室で考えながら立ち煙草をするというのが最近の日課。そろそろここの客すら顔馴染みになったんじゃないかというほど、この調査は難航していた。
山崎恵子が初めて事務所に乗り込んできた時の形相と言えば、今にも死にそうなほどに窶れていた。
瞬間に社長、俺、上里と顔を見合わせ、「女は取り敢えずお前が対応しとけばなんとかなるんだよ」と言いたそうな二人、いつも通り「仕方ないな」と俺が折れたのが悪かった。
「ご相談なんですけどウチの主人は絶対に仕事にも行かずに、営業のふりして、昼間、他の女に会いに行ってるんですよ絶対。女の勘でしかないんですけど軌道に乗って来たというわりにはぜんっぜん給料なんて増えないし休日も、まるで私をゴミクズのような目で見てあしらってますしねぇどうでしょう、そんなとき貴方たちなら間違いなく浮気してますよねぇ!?」
何言ってんのか全然わからないわりにどんどんどんどん血圧が上がっていく勢いではぁはぁとし始めた彼女に「落ち着いて、」と言うまでが更に凄まじく、
「だって最近やたらとケータイばかりポチポチポチポチやってて私も悪いなと思いながら、そう、悪いなとか人としてどうなんだとか葛藤し、けれどもう胸が苦しくて苦しくて気が付いたら見ちゃってたんですよケータイ、メール!
まずね、画面がロックされていたんですよ頭に来るでしょ知らないうちにぃ!もー頭来ちゃってまず指紋認証を変えてやったんですよ!」
最早探偵なんていらねぇじゃねぇかその精神は。
そう思いつつもお茶を出してしまったのだから「そうなんですか、さくっと犯罪ですよそれ」なんてぽろっと言ってしまったのが災いし「わかってますよなんとなく!」と喚きだしたのだからもう俺は喋るべきじゃない、聞きに徹しようと決めたのだ。
「設定まで変えてあぁ、どうかどうか無実であってくれと願って見た一番上のメールに「灰色のスーツを着てます」なんて書いてあったらはぁ!?なにそれって遡っちゃいますよねそりゃぁ。えーもうやり取りが“ミナミちゃん”って女ではじめましてこんにちはから私の想像し得ない性的好みから待ち合わせまで実に5件をたった30分のうちにやり取りしている旦那にもー問いただしてやろうにも私も今いけないことしてるしってぜーんぶ削除してやっても「あれ?認証しないなぁ」とかアホ面こいてポチポチポチポチ普通にやってんのがホンっっト頭おかしすぎるんだけどって、腹立って腹立ってぇ!」
上里と社長を見れば無惨にも俺から顔をそらし、ドン引きだわ、と言いたそうな表情を隠しもしないのがホンっっト腹立って腹立って状態で、いやまずは落ち着けと、
「いま軽く流されてますがメールやり取り削除しちゃったんですね?」
「当たり前でしょあんなハレンチなっ!!」
と、相手はヒートアップしてしまったが「いや、旦那さんの性癖はさておいて」と、俺は冷静になって告げてしまった。
「証拠を削除してしまったとなると…立証するのは難しいと思いますよ。ましてや憶測の域で」
「だから頼みにきたんじゃないのっっ!」
その瞬間、この顧客の担当は言われなくても俺だと完璧に決まってしまったのだった。
「……まずはじゃぁ、旦那様の、貴女が知り得る情報の提供をお願い致します」
後日、上里があっけらかんと、
「西浦ちゃん偉いよね。俺だったらあんなに親身に聞いてやれないわアレ。テキトーに「まずあんたのが犯罪なんで無理っす」とか理由つけて断っちゃうわえっ!やるの!?とかマジ思ったよ」
と言ったことにも腹立って腹立ってと、殺してやろうかとすら思ったものだ。
それが、丁度一月前。
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