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兄もそう、飯島もそう、母も父もそう、…由香ちゃんや先生だって、ずっとそうだった。
ふいに家の前で千秋さんは少し笑い、優しく「急に黙ったな」とはっきり言ってきた。
何を返せば良いかと考え始める私に「まぁそんな顔すんな」と玄関を開けてくれる。
「ストックホルム状態じゃ気持ち悪い」
「…えっと、」
「家にも帰ってきちまった。まずはそれで落ち着きたい」
「…ん?」
よくわからないけど。
最初に私を通してくれるだとか、そういう自然なレディーファーストのようなものがこの人にはあるけれど、大して意味がないのなら、これは…性格なんだ。
そしてなんだか「んふふふふ、」と、なんなんだろう、漸くお酒が回ってきたのだろうか…とても機嫌良さそうになっていることが不思議でならなかった。
「千秋さん、」
「ん?うるさいなぁ、どーした?」
「だって、」
「…眠れなそうだ、メンタルが渋滞」
勝手に自己完結をしてしまったのか。
千秋さんは冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り、「はーぁ、」とソファに寝転んで「どーこやったかな」と喋りながら手を伸ばして何かを探しているようだった。
「…何をお探しですか?」
「んー、ヤバいブツ」
「ヤバいブツ?」
「あーどうせならちょっとテレビの下の棚あたり見て。ねぇか?薬。ちゃんとした方」
何を言い出すかと一応引き出しを開けば確かに薬袋はあった。西浦千秋、1回2錠食後3回。不安や緊張時に服用。
あぁ、多分、私のコンドームみたいなやつと同じような薬だ。
「あーそれそれ」
「…お酒飲んじゃっていいんですか?」
しかし聞かずに手招きをするので、仕方なく持っていけば「いる?使用期限わかんねぇけど」とかなり酒臭かった。
「…確かに私もお薬忘れてきましたが」
「超絶眠れるぞ」
「私のコンドームみたいな見た目のやつも凄くぐっすり」
「はははっ!やっぱりな!」
何故か嬉しそうに手を出してきたので、パキっと切って2錠を手に乗せてあげたのだけど、「案外色気ねぇな」とそのままぼんやりと天井を眺め始める。
「あのな」
「はい…?」
「何人か依頼人にいたんだ。拉致されたってやつ。
警察介入が出来ない分、誤認であった場合はほぼ拉致状態になることがあるようで…主張の中には精神疾患も疑われるものもあったし、そうじゃなく本当に理不尽な事案もあった」
「…そうなんですか」
「俺は正直その先を知らないからざっとだけど、今の瑠璃の状態は、17という年齢だから、保護をして助成金がどうかというのとかで、やってくれない人に当たればただ兄貴に勧告が行って終わるかもしれない。
学校側も、ここ数日で異変があるのは事実だ、何かを思って通報するのもあり得るし。
勧告のみ、となれば自宅に返されそうだな。面倒そうだとあっさり手を引かれてしまうのも大いにある。どうかな、本人の意思が生きるものか…」
説明は確かに簡潔でわかりやすいが…なるほど、ヘタクソだ。
「まぁ、……お兄ちゃん、嫌いではないんです……多分」
「誤認でもないからな、証拠もあるし。そうなると施設だとか、そういう場所が、」
「……嫌ですよ」
「……そうか」
そうじゃない、もっと違う。
「…あの時君がどうして助けを求めたかを少し考えている。まぁ、他人の俺にはどうともわからないけど…」
「でも、」
…自分が何を続けようとしたのかわからなくなった。
本当はとても簡単なことだとわかっているけど、だからどうしようかとこまねいてしまう。
何か、何かをと考えては震えそうで消えてしまいそうで、胸が痛くなってくる。平然がきっと装えてなくて。
私はどうやら排気ガスのようだ。
千秋さんはふと「そんな顔すんなよ」と、先程私が掌に乗せてあげた薬の1錠を出し、くっとお水と一緒に飲みこんだ。
もう1錠は、私に返してくる。
「……飲ませて、くれないんですか?」
「んー?」
その薬を見せれば優しく笑い、「何言ってんの?」と、頭を抱えてくれることも予想外なのに。
少しして目を閉じた千秋さんに、ふと「ごめんなさい」と言葉が出た自分。
それにゆったり、ぼんやり頭を撫でられるが、力が強くなった気はするし果たして寝ぼけているかどうかすらわからなかった。
ただ酒臭かった。
私は結局薬を手にしたまま、もう少しな、ともどかしくソファーの隙間に突っ伏して目を閉じた。
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