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だけど眠れなかった。
自分の頭はすっきりしている、だからぐるぐる、複雑に絡むことなく綺麗な円で出来ているように感じる。
考えることに飽きた頃、コンコンと音がして宮沢先生はやってきた。
校長先生はいなかった。
「藤川さん、」
端から厳粛そうな、話しにくい緊張感が張り詰めている。
この糸がたゆむことは多分ない。
鈴木先生と宮沢先生と向かい合って、まるで尋問される雰囲気なのに、端から宮沢先生だって知っているのだ、だから売春のような雰囲気で。
「兄からの性的暴行の事実は本当です」
証人尋問とはこの事だろうかと、私の頭に浮かんだ景色は色鉛筆の、裁判の様子だった。
「中学二年からずっと、そうでした。でも、疑問だったわけでも辛かったわけでもなんでもなく」
何も考えなくても、まるで刷り込んだ台詞のように淡々としてるのに。
ふいに担任が「辛かったんだね」だなんてほざいたのに、糸がたゆんだ気がした。
「藤川さんは、助けを求めたんだもんね」
……私が、助けを求めた?
「…いえ。
先生、私は援交だってしますよ、セックスだってしますよ、それは──」
求めるって?
「…けして求めるわけでも」
あの時私は混乱して。
泣いて、千秋さんに電話をして。
ただ、彼を求めて。
「…求めるわけではなくて、」
あの人は「大丈夫か?」と、熱くも、私にまるで優しかった、けど。
「…お兄さんに、無理矢理だったんでしょ?」
無理矢理だったかなんて。
「わかりませんけど、」
声が震えた。
別に悲しいわけでもなんでもないと思っていた、いや、今だってそうなのに。
熱く、同情の目をする宮沢先生にふと、気持ち悪いと思った瞬間に、「例えばですけど」と、黙り込んでいた鈴木先生が口を挟んだ。
「精神論を盾にするのって、同性愛者でよくいるんですよ。
あ、私もうどうせ、あと少しで契約切れるんで言いますけど、同性愛者なんです」
……急なカミングアウトに思わず、何かが引っ込んだ。
宮沢先生もまるで頭を真っ白にしたように「え、」と、どうやら私と同じようだった。
「あ、すみま」
「いえ、いいですよ別に。慣れてるんで。
ごめんなさいね宮沢先生、負荷をかけてしまって。重い話と出来れば捉えないで欲しい。聞き流して。
私はあの類いの精神論なんて、物凄く嫌いで。確かに性別含め、共有は多いですが。辛いことがあった訳じゃなくただ、だって、私たちの出会いって綺麗事言ったって、掲示板とかハプバーだったりして」
「え、ちょっ、」
「宮沢先生だって処女じゃないでしょう?
ホントにすみませんというなら、セクハラで訴えていいですよ。私の給料ではお金もないですし宮沢先生の勝訴です」
「いや、そうじゃなく、」
そりゃあ混乱はあるだろうけども…。
なんでそんな話をしたのだろう。
「単純に男って、いざというとき逃げ腰だし、だからペニスが気持ち悪いんですよ。精神論って結局身体からくるものだって思うんです」
必死で処理しているのだろう宮沢先生にしれっと、爽やかな様子で言っては鈴木先生は私に微笑みかけた。
「それが助けを求めてるかと言えば、もう少し傲慢な気はしますし、でも……精神は身体に作用する。彼女は本能で彼に身を預けた、それだけで“生理的に”が通用すると思いませんか?」
…言葉をなくすほど見事な気がした。
「身体がダメなら、精神だってダメだって話で。引きこもりが家から出ると吐くとか、あれは本当に身に起こることなんですよ宮沢先生。私の方がそれと対峙しますので、説得力ありますかね?」
「…えっと、」
「思考能力が低下すれば本能的になるのか…いや、下回るのかと言う議論はあるでしょうけどね。
学校は貴女を守る訳じゃないかもしれないわ、瑠璃ちゃん。ただひとつ私が2年で学んだことは…未来を守ってるのよ。貴女、6歳からいままで、教育を当たり前に受けたでしょ。
どうしてそうなるか、世界はいつも、誰かと絡み合っているからかな、と思う、個人的に。だから貴女は求めたのかもしれない。気付けたならそれはまた、一歩よ。
私も…谷崎潤一郎、読んでみようかな」
「…いや、」
「ハード?最後に読んだ本は心理学の教材なんだけども」
話はなんだかんだで終わってしまったけれど、鈴木先生は非常に晴れやかに笑ってくれた。
的を搾ってくれたのかもしれない。
「…そうですね、先生」
胸が、すっとして。
勿論宮沢先生は固まってしまっていた。世界は、美しい空っぽなのだから。
「いいです、先生」
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