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例えばこのケータイをあてる耳元は。
「うん?」という疑問そうな声。彼が優しく触れ髪をかけてくれたところで。
「先生に、…『世界はいつも誰かと絡み合っている』と、言われました」
彼は慎重そうに「そうか、」と言った。
「私は、ずっと、私がいなくなってもと、考えてきたけれど、」
「うん」
「きっと誰も気にしないだろうって」
「うん」
「でも、…先生の言葉も明るい意味ではないと思って。
私は、いやみんな、何かを巻き込んでいるのかなって、思いました」
「…そうだな」
「だけど暗い気持ちじゃないんです、それは本当に」
電車が通った。
飯島くんがいたことを思い出す。チラッと見れば、なんだか。
「勝手だったのかもしれないって」
「……いまどこにいる?」
「駅です。飯島くんの最寄り駅」
「駅?」
「はい」
「そうか。瑠璃?」
「はい」
「……少し話せる?」
「はい。
大丈夫ですよ、バカなことは」
「思ったより声は明るいから、多分そうだと思う。
けど、何を考えているかは聞きたい」
そういう、小さな感情で。
「…どうなんでしょうね、」
理由なんてわからないけど。
「貴方に何かは、言いたくなったんです、ただ、」
どうだったんだ。
私はずっと何かを探していたのだけど。
彼が電話越しで待っているのがわかる。
「…何かを探していたんです。
…愛されたかったのかなぁ、いや、そうではなかった、」
そんなものを望んでいたのなら。
「知りたくなかったのかもしれないです。
千秋さん、迎えは兄に頼みました」
「……うん…?」
「なんだか、で、」
急に声が震えそうになった。
千秋さんが淡として「飯島くんは今いるの?」と言うのも遠くなるように、耳を離す。
どうして胸が潰されそうなんだろう。
嗚咽を潰してから「飯島くんはいません」と言った声も少し潰れてしまった。
「藤川、」
飯島くんが声を掛けてくる。
飯島くんは電話越しじゃなく今の私を見ているのだから、確かに変なんだろう。彼まで何故か泣きそうに見えて。
「…瑠璃?お前今、」
「ありがとうございました、すみませんでした。大丈夫です、」
何故こんなことをしてしまったんだろう。
自分は充分情緒不安定だったんだと自覚をした瞬間だった。
電話を切った瞬間、何が怖かったんだろうとただ、ただ我慢が出来なくなって溢れていった。
まるで張っていた糸が切れたかのようで。ただ、たゆんだ丸は途切れてしまったらしい。
座るか、壁を殴るかするくらいに泣きたいけれどやり場はない。自分の姿は妄想出来るのに。
いくら飯島くんが心配そうに敗北していたからって、そうで。でも。
「…私は、お兄ちゃんと、セックスすらしてたのよ、」
深く自分を傷つけにいくばかりになった。私は私自身をも捌け口にし、人をも傷付けている。
だって、こんな話は誰も面白くはないのはわかるから。
「…それ、は…」
「変でしょ、私もそう思う、」
「お前さ、」
「だって仕方ないじゃない、」
他になんて考えすらしなくて。
「でも別にそれが悲しいわけじゃないの…っ!」
じゃぁ何が悲しいんだろう。
悲しい?
うん、悲しいから泣くのだろう。多分、人は。ただ思い出した。良いとは思ってなかったって。
説明のつかない感情が押し寄せる、それを自分で塞き止めようとする。多分、キャパというやつには底があったんだと、こんな時まで私は私を俯瞰しているのだ。
食い縛ることも敵わずポロポロと涙が出ているうちに、見慣れた車がやってきた。
荒々しく後部座席のドアが叩かれ開いて閉まり、「瑠璃、」と叱咤する兄は怒っていた。
「藤川、」
飯島くんが不安そうで、それでも呼んでくれて、きっと兄の見た目なんて怖いだろうに。
彼を見た兄は「なんだ、男かお前」と私だか彼だかを攻めるけど。
「違う、具合悪くて、学校から早退したの」
「休んだんじゃないのか、そう聞いたけど」
「後から行った」
「どこ行ってたんだお前」
「満喫」
ふん、と鼻息荒く私の手は兄に手を引かれ後部座席へ投げられた。
去る車をはっとして眺める飯島くんとは目を合わせることしか出来なかった。
「あれは学生だよな、」
「…とも、だち」
「まぁまぁ怒らせたか、悪かったよ」
兄は謝ったが私に馬乗りになり、首を絞める。
……もう殺して欲しい。
「あいつの家でもなんでもいいけど、お前何考えてんだこの婬売が、」
起き上がらせられ、下着の上から性器がなぞられる。
「いくらか知らねぇけど、」と、怒ったままに剥がされた。
「来月だよなぁ、んなにこれがいいなら店出るか?お前の母親みてーによ、」
「…ん…っ?」
「母親だよ母親。とっくに使えてねぇしお前なら良い稼ぎになるだろうな、」
どうせ使ってんだろ? と兄はそこに触れ無理矢理入れようとする。
息が止まりそうでただ、「ぃた…、」と反射的に言葉が出る。
そうか、出たのかと気付き「やめてっ…!」と、初めて私は兄に楯突いた。
「あぁ?何がやめてだコラ、まだ足りなかったか、あぁ?俺がどんだけここ数日探したと思ってんだよ、」
逃げたい、けれどぐさっとまるで刺し殺され、舌を噛む。
声が出ない。
「あぁ確かにな、仕方ないな」と言いながら兄は私の痛い部分を執拗に押し撫でる、その指に柔らかさなんてなくて。
痛い、痛い、と出ていくうちに「っははは!」と、笑いながら兄はその指を眺めた。
「使いすぎかよ、血か、これ?生理でもないもんな、二度と出ないくらいにしてやるよこのクソッタレ、」
じわじわ痛くて涙すら止まってしまった。
運転手の若い人が「翼さん、」と声を掛けてくる。
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