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「なに、これ」
連れてこられた、広大な施設。
この建物、似ている、あの…。
クソみてぇなあの場所に。
「どう見ても『海軍短期訓練施設』でしょ」
「…嫌だ」
「は?」
「嫌だ」
「大丈夫。三日。三日ここにいればいい」
簡単に言うなよ、
あんた、俺のいまの不愉快、なんでわかんねぇんだよ…!
「ふざけんなよ…喧嘩売ってんのか」
「何に?」
「あ?」
「他意はない。海軍戦略を学んできなさい。あわよくば戦術もな。大丈夫、ものすごーく面倒見の良い優しいお兄さんが見てくれるから」
落ち着いて言うくせに。
何を言ってんだ、こいつ。
何、俺が使っている日本語が悪いのか?こいつの言語理解能力が欠如しているのか。
…ダメだ、こいつとなんてわかり合えない。
「樹実」
「なんだい」
「俺普通に暮らして生きたいよ」
「うん、だから学んでこい」
言葉を絞り出してわかりやすくしたつもりだが、この人はあれだ、そもそも人の言語を理解する気が毛頭ないんだ。
「ほら、行くよ」
…こうなりゃヤケだ。
取り敢えずもう一個くらい言葉を捻り出しておこう、どうせこいつ、聞いてねーし。開き直ってやる。
「Hell no!」
「はっはっは口が悪いなFuck you!」
うわ、言っちゃあかんやつ。飄々として笑顔で言ってしまうあたり樹実は本気でどうかと思うが。
何気に一枚上手だなぁ、おい。つか、なんで勝手に頭が「ははぁ、メモメモ」みたいになってんだよ。自分の思考回路に呆れる。俺ってなんなの。
だがやっぱり、樹実は次の瞬間にはどうでもいいらしい。
車から降りた瞬間、「あ、面白いからさー」
とか、嫌な予感しかしない、まるで悪巧みを思い付いた子供の表情を浮かべて俺を見る。
的は外れていなかった。
案の定、後ろに回った樹実に右手を取られ、|蟀谷《こめかみ》に銃を押し当てられた。
え、何これ。
テロかよ。
「はいはいそのまま歩いてー」
案外こいつは…。
「怖い怖い怖い!何これマジ?入ってんの?ねぇちょっと!」
悪巧みの度を越えてきたぁあ。
怖ぇよ単純に、ここ日本だよねっ!
入り口あたりで、当たり前ながら出てきた警備員は皆騒然。
しかしながらこの変態野郎は楽しそう。
「おらてめぇら!このガキがどうなってもいいのか!そこ退きな!ついでに|二等海佐《にとうかいさ》の|熱海《あたみ》|雨《あめ》を呼んできなぁ!」
誰だよなんだよ、なんなんだよ、蟀谷痛ぇよ誰か、助けてぇぇ!
「は、はぁ!?」
「先月の1587円のよくわかんねぇ経費流用てめぇどうしたって言えばわかるだろ!」
てかこれ最早、俺とばっちりじゃないのかよ!
樹実に恐喝され、警備員は慌てている。その騒然のなか、現れたのは。
「おやおや、わざわざご足労を…」
白衣を着た眼鏡。一見普通そうなクールビューティー系の日本人だが。
よく見れば足元は便所サンダル。ネクタイなんてダルそうにぶら下げて手に持ってるだけだし、直毛っぽい黒髪ですらなんかボサボサだし、なんだ、スッゴいの多分現れたぞ。
しかし彼の笑顔が菩薩のように見えてならない。
なんかこの人ちぐはぐだけど助けてくれそうかな、いやもうなんでもいいから助けて、俺マジ拉致られてるから、これ。
しかし、白衣眼鏡も俺の予想を超えてきた。
何の変化もなかったのに突然、銃声がした。
笑顔のまま煙の昇る拳銃を持っている白衣眼鏡。
恐る恐る自分の足元を見れば、予想裏切らず穴が開いていた。
多分弾痕だよね、これ。
でも銃持ってる本人は物凄く眠そうで目とか擦ってる。彼の持つ拳銃はアニメなんかでよく見るような、なんか真ん中のとこがくるっと回っちゃうあれ。
非現実的過ぎるのに何事もないように自然とこちらに向けながら再び拳銃はくるっといっちゃってる。
“生存”
消えた。そういえばさっき俺、このトリッキーハイテンション野郎に「あんたになんて骨の一つもくれてやらん!密葬で結構!ひっそりと死んでやる!」とか、言ったよね、言っちゃったよね。
え、マジにされた感じ?俺、マジで死ぬ?ここで。
「危ないでしょうが!」
樹実が沸いてる。
「いやぁ、当たってないでしょう?」
この人も沸いてる。
「俺にはな!」
「ちっ、」
樹実に白衣眼鏡が舌打ちした。
マジか。なかなかいないよそんなやつ。
てかいま俺どうなってんの?本気で。
「エリート官僚が落ちたもんですねぇ。人質までとって1239円をお取り立てですか?」
「お前こそ落ちたな雨。エリート海軍準指揮官が348円がめるなんて情けないねぇ」
それはどっちもどっちじゃないか、あんたら。
「水増しっていうんじゃないですか?それ」
「脱税っていうんだよ、熱海準指揮官」
てかすげぇハイレベルすぎる喧嘩。
でもなに、もう怖すぎて。
「というか…」
いい加減にしてくれないか、てめぇら。イライラしてきた。
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