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船に行くと、丁度、当時|二等海佐《にとうかいさ》だった|栗林《くりばやし》が、船の整備に立ち合っていた。
しかしどうも、作業が難航しているように見える。
「あらら…」
「あれは?」
「うーん。まぁ潤くん、少々お待ちを」
どうせわかりもしない船舶に、調子こいて手を出して上官面しやがってな。
皮肉を頭で栗林に吐いた僕は、操縦席に向かい、「どうしました?」と、わざわざ栗林に声を掛けた。
振り向いた栗林二佐は、僕だとわかり露骨に不機嫌そうな顔する。
まぁ、皆知り得て噂になるくらい、犬猿の仲だからね、僕ら。素直な反応。
「少し様子がおかしいだけですよ。…あれ?」
「あぁこれね。ちょっと失礼」
無礼承知で「退け」と言う態度で操縦権奪ったけど、腹立てた感じでもなくあっさりと栗林は退いてくれた。それはそれで気持ち悪いけどまぁ、今から上官の親戚を乗せるんだ、何か合ったら首飛んじゃうし、助かるけど。
その他の操縦士が気まずそうではあるが、使えない上官に言えなかったのだろう、船の調子を教えてくれた。
「私が船内を案内しましょうか」
背後から、そう聞こえて船を弄りながらちらっとみればなるほど。
少年、潤くんにデレデレしている栗林がミラーで見えた。
そうだ、お前そう言えば|少年好き《・・・・》で、有名だよな。
胸くそ悪。
大体こんなん、大したことねぇし。何が悪かったのかって、操縦の仕方がわかんなかっただけだろ、変態。
「…熱海さんは?」
「あぁ、彼は変人なのでしばらくは置いておいた方がよろしいかと。下手に声をかけると撃ち殺されます」
「…そうですか」
栗林はデレデレしながら然り気無く潤くんの腰に触れ、今僕らが来たばかりの道を促してる。
船は治ったしまぁいいやと、残りの作業を船乗員に任せ、「栗林二佐」と、変態を呼んだ自分の声に不愉快さは隠さなかった。
栗林はぱっと潤くんから手を離し、気まずそうに振り向いた栗林の様に、やっぱりイライラした。
「なんですか熱海三佐」
「直りましたけど」
栗林も、潤くんすらも、少し怯ませてしまった自分の本質はそういやぁ、若い頃ヤンチャしたタイプだったわと思い出した。
顔面ぴくぴくしたが、仁王立ちで頑張って笑ってみた。
「栗林さん、どうぞお返しします。僕の連れも返してください」
それに栗林は面白く無さそうに舌打ちをしたので、いけ好かねえので操縦席へ戻るすれ違い様、「胸クソ悪いなゲス野郎」と言ってやってから、やっぱイライラするし、ここから去ろうと僕は考えた。
何より、潤くんが動揺している。
少し驚かせたなと、「さ、行きましょう。僕が案内しますよ」と少年に元来た道を促した。
僕の小型船舶、メンテしてるから乗せても沈まないよな、多分。
「…熱海さん、凄いね」
向かう途中でぽつりと潤くんが呟いた。 少し、唖然としたようだった。
「ん?」
「なんか、自由だね」
素直に、そして不思議にも少し柔らかい表情で彼から溢れた言葉だった。
何が、自由に見えたのだろう。
上官の前でも便所サンダルで赴くあたりかな。
上官を平気で罵るあたりかな。仕事選ぶタイプとか、我が儘言うあたりかな。
考えてみたら確かに、君にはない僕の特異なところかもしれないけど。
「全然」
これが自由だなんて、君の世界はどれ程狭いんだろうか。
僕はわりと捕らわれ、囲まれたタイプの大人だと思うんだけどな。
「窮屈で仕方ないですよ。こんなクソみたいなちっぽけな世界。官位だのなんだの、いちいちうるさいって。
けど海は良いですよねー。ぜーんぶ一緒。日本もアメリカもボリビアもベトナムもフィンランドもカンボジアもイタリアも。
あ、これ全部僕が行ったとこなんですけどね。
いつかどこかで繋がってるくらい、広いけど、それくらいに狭い」
どれも戦場としてあの男と行った場所だよ。
けれど潤くんは純粋に感心した表情で「…俺そんな行ったことない」と言う。
そうかも、しれないね。
「あそう?へぇ意外。てっきり海外旅行とか行きまくりだと思ってました。
君、どこ行ってみたいですか?」
船乗り場の上に出てみた。まだ、全然陸地だけど。少しだけ、気持ちが広くなる。
「わかんない」
彼は僕の質問に、少し表情をまた無に戻してしまった。
そっか君。
あの官房長官の子供、だったっけ。
「じゃぁ…あ、ウユニとか。きれーですよ。観光には良い場所。寒いけど。
サリーナス・グランデスも綺麗でした。遭難がちょっと心配だけど」
「…どんなとこ?」
「ウユニは一面真っ白。潮の、ブロックみたいなものが一面にあるんですよ、寒い時期だと。
サリーナス・グランデスも同じ」
「同じようなところなの?」
「けど綺麗」
「ふーん…。
他は?他は?」
意外と僕の話に興味を持ってくれたらしい。
こうしているの、子供っぽいじゃないか。
話せば、悪い子ではないのかもな。
でもだとしたら凄く、可哀想な子だ。
地位や生まれた場所で最初の印象がこの子はある程度決まってきていたのだとすれば、少しまわりに閉鎖的になってしまうのもわかるような気もする。
そして今や彼は、そんなに地位もない、むしろ堕ちてしまったようなところからの偏見でスタートしている。だが取り付いた「防衛大臣の息子」、「一等海佐の親戚」。
たった15歳の少年にしては少し、確かに僕でも気が遠くなる物かもしれない。これだけ膨大なものを生まれつき持っていると、本人が知らないところで勝手なものがたくさん付いてくるだろうし。
「どうせなら走らせます?船」
「え?いいの?」
「小型船舶でよければ」
そう僕が提案すると、少し戸惑いながらも潤くんはゆっくり頷いた。
彼は笑うと案外、素直そうな顔をしている。初めて彼の笑顔を目の当たりにして、そう思った。
勝手に敷地に置いてる私物の小型船舶の準備をして、試しに少しエンジンを掛けた。
久しぶりだがエンジンは掛かった。やはりメンテナンスはサボらずしておいて正解だ。
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