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 早速出発。海を切り開くように、東京湾を走り出した。
 潤くんはとても楽しそうに、凄く鮮やかな笑顔で後ろデッキの手すりに寄りかかって前方の景色を眺めている。

 意外にも船酔いはしないタイプらしい。大したものだ。少し流すように走らせていると、「ねぇ!」と、楽しそうな声が掛かる。

「なんですか!」

 怒鳴り返すように返事をする。いくら流すようにとはいえ、エンジン音になかなか声が通らない。

「気持ちいね!」
「船酔いはしてないですか!?」
「全然大丈夫!」

 30分くらいしてから船を止めてみた。まだあまり進んでいないけど。

「ここってどれくらい?」
「うーん、30kmくらいですかね。そんなにはまだ来てませんよ」
「へぇー。
 街ってこんな感じで見えるんだね」
「そうですね」

 寄り掛かってじっと町を眺める潤くんが、単純に楽しそうで。
 新鮮に見えた。

連れてきた甲斐があった。
こんな小さな海ですら、綺麗だと言うのだから。

「てか、凄いですね。本当に船酔いなし?」
「全然ない。ちょっと心地良いくらい。
あっちより涼しいね。水の臭いとか、そーゆーのもある。なんか凄い」
「喜んでもらえて何より」
「あんたさぁ」
「はい?」

あんた。
なかなか、砕けてきたな。

「よく、俺とこうして…なんて言うか一緒にこうしてなんか…関わろうとしてくれたね」
「え?」

 少し、大人の表情も見せる。

「ほら、なんか俺、ちょっと厄介でしょ。だから、物好きだなぁって正直…思って」
「なぁんだ」

 気付いてたのか。
君、やっぱり普通の人間だったんだね。

「まぁほら僕も、立派な厄介もんですからね」
「確かに、そうかも」

 意外と、素直で。

「でも少しよかった。こう言っちゃなんですが、僕君のこと少し苦手でした。
 ただでさえ子供嫌いなのに子供っぽくない、可愛くないガキだなぁって思ってたけど、案外そうでもないですね」

 破顔した。

「正直だねー。そんなにはっきり言うかなー」
「僕は案外子供っぽい大人なんで。陰口とか下手くそなんです」
「なるほどねー」

 少し考えるような表情で潤くんが僕を見つめてきたので、「それです。それ子供っぽくない」と、僕も自然な笑顔で指摘してやる。

「そう?純粋に興味持ったよ」
「あぁ、そうなんですか?まぁこんな大人に興味を持ったら出世から遠退きますよ」
「よく言うよ」
「でも潤くん、いまここに来たことを嬉しいと言ってくれた。それだって正直なことだし、嫌と言うのか良いと言うのか、ただその違いでしょう。それ、嘘吐く意味あります?」
「…うーん」
「意思表示は自己防衛にもなりますしね。
あ、そうそう。正直ついでに。僕栗林さんも有島さんも嫌いなんですよ。なので潤くん、まぁ有島さんはなかなか難しいだろうけど、栗林さんには気を付けて」
「…ホントに正直だね。ちなみになんで?」
「うーん。君流されやすそうだから」
「…怖いなぁ」
「栗林さんに連れて行かれそうになってたし。あの人物凄く変態で有名ですからね」
「でもさ、栗林さんは…」

 潤くんは俯いて口を急に閉ざしてしまった。
 だがすぐに取り繕ったように、「あんたの上官じゃない」と付け加えてくる。

 どうも、そう言うところがあまりよくないと思うんだが。しかしまぁ、彼には彼で事情はありそうだ。

「さて、そろそろ有島さんに叱られそうなので、帰りましょうか」
「…そうだね」

 きっと正直、潤くんは帰りたくないのだろう。そんな顔をしている。

 船を再び走らせると、潤くんは静かに去り行く街の方を眺めていた。
 走る飛行機を眺め、裂く水面を眺めている。帰るはずの行き先は、あまり眺めないらしい。

 バックミラーから見えた彼は、少し儚げで、やはり星川律子に似たんだなぁと染々思った。

 訓練所に着いてすぐ、本気で吐かれても後味悪いし、まず僕は烏龍茶を買い与えた。
 よくよく考えれば栗林に頭に来てて持参し忘れた。
 潤くんがあまりにも珍しそうにペットボトルと僕を眺めていた。

そうだね、君にこんな物を与えるヤツなんて、なかなかいないでしょうね。こんな、当たり前のものですらも。

「熱海さん」
「はい?」
「熱海雨さん。また、サボりに来ても良い?」

 そう言った潤くんは純粋で。
ペットボトルなんて、僕は君とはこれっきり話すこともないだろうと思ったからだったのにな。正直、驚いたよ。

「…どうぞ。バレないように」

 そう僕が返答すれば潤くんは、いかにも少年らしい笑顔を見せてくれた。

思いの外可愛らしいじゃねぇか。

「じゃぁ、また…。
 書類は持ってきてね!」

なんて嬉しそうなんだか。

「あぁ…。はーい」

 笑顔で烏龍茶を握りしめて笑う少年。
 君は一体、僕を、こんな擦れた大人に、何を見つけたっていうんだろうか。

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