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 長官の頭から手を離せば、崩れるように落ちる。人の死は、呆気ない。

「見てたのか」
「はい、やはり、あなたは右に癖がありますね、樹実」

 机から降りてしゃがみこみ、再びタバコをくわえた。手が湿って100円ライターが着火しない。

「聞いてましたよ、ずっと」
「そうか…」

 雨は死体を避けるように歩いてきては、横に座って火をくれる。
 自分も火をつけて、煙を吐く。

「これから何をする気ですか」
「なんだろうな」
「もう戻れないですね」
「あぁ。
 俺の部下達は今どこへ?」
「連れてきた方々はあなたのように、思い思いの過去を殺しに。あとは、僕らを宥めるために向かっているところでしょうね。高田さんと共に」
「余計な事を」
「わかっていたくせに。
 あなた、来て欲しかったんでしょ?」
「…いや、どうかな」

来ると思ってたんじゃないの?
いざ来られると、来ちゃったかぁって。
あの時とは立場が逆だな。いまならあの時の雨の気持ちがわかる気がする。

「雨、」
「はい」
「行こうか」

 向かう場所は、昨日の最後の現場。
 言うなればエレボスの本拠地だ。

 ゆっくりと、二人で歩いていく。自然と足取りはすんなりとしていた。

 無線を片手に、スイッチを入れた。

「全隊員に注ぐ。いまから宗教施設、“昴の会”に集合だ。場所は、昨日のあの場所だ」

 それだけ言ってあとはそちらに向かった。

ただ一言告げるだけだけど。
それをしに行きたいだけだった。

 俺たちが警察庁を出た時点で、特テロ部から連れてきた人材は俺を含めて5人だった。2人、減ってしまった。

 教会は静かだった。

 大方死体は片付いており、恐らくは全員聖堂だろうと真っ先に向かう。
 昨日と違い、あっさりと通過できた。
 雨以外の特テロ部の者はやはり今の状況が読めないらしい。

「今から真実を見せてやるよ、俺たちが追っていたエレボスの正体を」

考えればこの特テロ部のメンバー全員、正気の沙汰ではないと、変な団結もあったのかもしれない。

 各々が警察や裏社会に何かしらの因縁があって作られた部隊。それを形成したのは俺だ。この宗教団体と同じ、もう今更引き返せない境地だ。

 聖堂のドアを開ければ荒んでいた。

 信者達は祈りを捧げている。死体はいくつも寝かされていて、祈りが終われば裏口に、担架で運ばれていくのだった。

「あれは…」

 一番下っ端の橋田が聞いてくる。
 名前のわりに線が細く、女みたいな見た目で、特テロではいじられていた。しかししっかりしたところもあり、よく潤や流星の喧嘩を止めたりしていた。

 彼はエレボス事件で両親を亡くした警察だ。

「裏で遺体は解体される。そうして、使える臓器を海外に輸出するんだよ。まぁ多分、死亡時刻的にはどれもダメだろうけどな」
「は…?」

 教会のやつらは誰もこちらへ目もくれない。いまこちらが踏み込めば、5人だろうと一発で壊滅出来るだろう。

「茅沼さん、お元気そうで」

 担架で遺体を運ぶエリックだけが俺に声を掛けてくる。やっぱり、どこか人を忘れているような口調だった。

「あぁまぁな。
 エリック、彼らは君たちの大敵、厚労省の人間だ」
「…あぁ、そうですか。また、来たんですか。
 そこの黒人と眼鏡の坊やは昨日お会いしましたね。私は傍観してたんで君らは知らないだろうけど。
 なんですか今日は」
「言うことはひとつだ。エレボスは解散だ」

解散も何も、ないけれど。

「ほぅ、急にですか。つまり?」
「残ったやつらは普通に、神様でも信じて生きていけということだ」
「わからないなぁ、あんた、自分が仕出かしたことの大きさを、わかっていますか」
「聞けないなら撃ち殺す。お前らを反逆者として殺す権限は刑事にある」
「はぁ、刑事とか笑わせるね。ですがまぁ、丸腰じゃ勝てない。こりゃひとつ金で解決しませんか」

金か。
そんな物で解決する。そうかもしれないな。

「断る。俺はこの悪循環を辞めに来た」

 終幕は俺が下ろす。
 エリックは俺を嘲笑った。

「ふざけてらっしゃる。途中からふらっと現れて全てを変えたのはあんたじゃないか。今更になって何を言う。俺はあんたら警察に大分貢献しましたよ?科学者として、運び屋としてなぁ…別にまぁいい。あんたなんて高々数ある大口のウチの一つにすぎない。死ねば?」

 瞳孔を開いたエリックはゆったりと拳銃を向けてくる。
 それを合図としたかのように信者達は血相を変えてこちらに敵意を剥き出した。

「その大口全部、俺が潰してきた」
「は?」
「曽田長官や…あとルークは?」
「昔自衛隊で苛めラれた官僚共」
「知徳は?」
「捜査一課だったころの、今|監視官《かんしかん》になったやつを、雪と」

 知徳は相棒の、澤村《さわむら》を見た。髪の長い、色白の和製美人の女の子だった。二人はこれが終わったら結婚するのだそうだ。

「そーゆー訳で。素直に解散してくれよ。こっちもそろそろ、他に人材がくるし、不利だと思う」
「出来ないな」

金はもうないし。ならば平和的解決をと、思ったんだがな。

「ルーク、悪いな。最後までこんな仕事ばかり任せてな」

お前にはいつも、こんな仕事ばかりだな、俺は。だがお前が断らないのを俺は知っているんだ。

「イイよ、樹実」

 殺意を殺した声なのか、哀愁なのか。終焉のときですら俺はお前をまだ理解していないようだよ、ルーク。

「全員殺していいよ、ここにいるやつらは全員エレボスの奴らだから。一般信者には昨日俺から通達をしておいた。だから心配ない」

 ルークは俺の指示を聞いてすぐ、背負っていたサブマシンガンを抱え、第一段の連射をぶちかました。
 何人かが遠くで死んだ。

「酷い、」

 流石に今までで一番凄惨な現場に女の子はキツかったようだ。雪はその場にしゃがみこむ。

スナイパーには感情と仲間ほど邪魔なものはない。

「知徳」
「はい」
「確か2階に部屋がある。連れて行っても構わない」
「いえ、大丈夫です、樹実さん」
「あそう。
 じゃぁ君らは入り口で流星たちを迎え撃て。あいつらにとって俺たちは反逆者だ。多分殺される。生半可で行くと死ぬからな。頭使えよ。なんならここまで連れてきても構わない」

どうせもう、高田は俺を潰すために動いているはずだ。

「…わかりました」
「いいんですか樹実、」

 心配そうに雨が俺に聞く。

「構わない。どうせここにいるみんな今、死に場所しか求めてないのさ、雨」

 ルークの第一段射撃が終了する。その頃には皆、戦意喪失をしていた。

 歯向かう者はまずいなかった。

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