5


 もしかすると幸せだとすら思って死んだはずだったのに。

 強い日差しで目が覚めた瞬間、何が起きたかわからなかった。
 その日差しはどこから、崩れた壁の隙間から見えて、暑さ。
 ここは外だ、ということには気付いたが、気付いてしまえば身体のどこもかしこも痛くて声すら出なかった。

 何があったか。
 もちろん覚えていて、だから皆目理解は出来なかったけれど。
 あの広い部屋は無惨に崩れていた。最早死体は無いに等しいほどに。

 自分はどうしていま生きているのか、生きている?そうだ、なんせ身体が痛い。何故だ、何故生きているのか。

 動かせる頭だけでまわりを見回せば、そこらじゅう壁は崩れ、風すら吹いたらいまにも全て崩れそう、それくらいに破壊はされていたのに。

 火薬の臭いしかしなかった。
 何故ここは、崩れ落ちなかったのか。

 右手の先にあの拳銃はあったけど、そこまで手を伸ばすことが出来ない。
 感覚がないのだ。
 どうして。
 どうして俺はいま、生きている。

 ……ははっ、
 ははっ、ははは、痛い、ははっ、何が、ははっ、どうなって、どうして、こうなったんだ?
 恐らく生きているものは俺以外にいない。
 ……何故かふと、あの夜の女の子の泣き顔が浮かんできた。

 俺はぶっ壊れたようにひたすら、目から涙を流すことしか出来なかった。なるほど、確かに感じる。恐怖も憎しみも何もかもなくなったのに。
 確かに、「殺してくれ」とだけひたすらぶっ壊れたように溢れてくる。

 …これは、誰に見放されてこうなったんだろう。
 どうして見放されてしまったんだろう。これが、「お前らが信じたものは何一つ役に立たない」と言うことか。本当にそうだ、何一つ、誰一人役になど立たなかった。
 俺はそのゴミのひとつでしかないのに。いっそゴミなら意思を持たない方がゴミらしいと思える。

 そこで答えの端っこを、漸く掴んだような気がした。

 あの男は平気で世界を覆し、ゴミとしてこの世から消し去ってしまった。

 けど。

「……っ……!」

 誰の声だかわからない。
 いや、わかる。喉が痛いのだから。俺の声は犬のような息遣いに成り下がっていた。

 …どこか開放的で、俺はこれを望んでいたのだと知れば、己に対して恐怖も…悲しみすらも浮かんでくるのだから、また夜が来るまでひたすら垂れ流すように思考回路だけが、とめどなく溢れてくる。

 いつからここが息苦しいと嗚咽していたのだろうか。いつでも、だったのかもしれない。
 だけどいま初めて生きていると感じ、皮肉にもぼんやりと「死んでしまいたい」と思えていた。

 胸の鼓動がびくびくと、そう、ジャックナイフを刺した心臓のようだと感じた。痙攣して、麻痺していく。麻酔のようにぼんやりするくせにそれほどに痛いのだと、俺は子供を殺した感触を纏ったまま、それから2回の夜を一人で過ごした。

 見事に子供も大人も同じ肉片に成り下がっていた。

 最終形態では何故、イツミは俺を殺さなかったのだろうとばかり考えながら肉片を捌き、ウサギや狐と同じく火に掛けて糧にしていた。
 これは死んだもので、この命で我々は清らかになる。

 役に立たない。
 何一つ、役に立たない。

 そのまやかしに終止符を打ったのは、3回目の朝で、「ホンマに生きとるなコレ」と言う人間の声だった。

 その人間を見上げる気力すらなかったが、足は2人分あって、「おい」と呼ばれたことすら曖昧に感じていた。

「…ジャパニーズで、合ってるよな、イッセイ」

 …それは滑りのよい音声だった。

「…多分合ってるけど、」

 男二人だった。

 一人が、片膝を立てて俺の前にしゃがみ手を差し伸べ、聞きなれない言葉を発したのだからついつい見上げてしまった。

 しゃがんでこちらをじっと眺めているのは黒髪の、目に泣き黒子のある男で、その後ろには色白の、金髪で青い目の背が高い男が立っていた。

「…貴方は日本人ですか」

 黒髪で黒装束のような男が発した言葉に、俺は漸く言語を理解して頷いた。

「そうですか。俺も君と同じ日本人です。君は賢い。よく生き残ったね」

 彼はそう言って笑った。目尻の皺がとても、笑顔を柔らかくする。

「初めまして。スミダイッセイと申します。君の名前はなんですか?」

 そう、聞かれたのが初めてのことで。

「…あの、」

 何を聞かれているのか、理解はするけどわからなかった。
 
 俺が黙っているとその男は、今度はくしゃっと笑い「そうか!」と明るく言ったそれも、酷く衝撃的で心に焼き付いた。

「さぁ、行こうか。俺たちは君を拾いに来た」
「…え、」
「…怖い思いを、しただろ?」

 怖い思いを、しただろ?

 じわじわ、じわじわと水溜まりのようにそれが染みてきて。

「うっ、うぅっ…」

 初めて。
 悲しくて涙が出るものだったんだと気付いた。

 彼、スミダイッセイはそんな俺を抱きしめ、「ははっ、子供は風の子元気の子だ」と、よくわからない言葉を放つ。
 心臓の音がこれほどに穏やかだと、それも初めて知った。

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