3


「…ねぇ」

 クロエは心許なく「なんのつもりなの」と俯く。

「…さあ。わからない」
「より質が悪い。本当に俺はただの私怨で」
「わかってる」
「だろうね。それはエゴなの?」
「……趣味」
「…そう、なら半端で」
「使えないからここにいるの、忘れんなよ」

 …なるほど。一見確かに冴えないのかもしれないが。

「確かに良い男かもね、虫酸が走るくらい」
「別に良い。謝るのもやめよう」
「…喧嘩売ってんの」
「ははっ、」

 しかし奇妙にも朔太郎は笑い、変わりに飴を投げて寄越してきた。

「…不透明なことが嫌いで仕方ない。それだけだよ」

 その飴はストロベリーで、投げた本人も「ハッカばかりなくなるんだ」とポツリと言った。

「…ハッカってちなみになんなの?」
「それもわからん」
「そっか。あんたなんで公安やってんの」
「覚えてない、そんな昔のこと」
「公安のわりに志が低いね」

 試しに「砂糖?」と聞いてみた。きっと言語は繋がっていない。

「調子が良いなぁ」
「そうか」
「…わからなくもないような」
「お前は悔しくもないのか」
「それは本音かな?そうだね……どうだろう。野心家でないのは確かだよ。まぁ拐われるのも得意だし。良いよ、何調べるの?基地の話?」
「それも聞きたいところだけど、武器には興味がない」
「でも、マグナムなんだね。俺はタバコが良いかも。ダメ?」

 ちっ、と舌打ちをしつつもタバコを投げてくれる朔太郎の心理はわからないが、結局何も、煙のようになくなってしまった自分はと、母、弟の顔が浮かび「ありがとう」と伝えた。

「…話は7年前に遡る。カフカは俺をあの家から連れ出した。何故俺を拐ったか理由なんて捨て犬にはわからない。足元にあっただけの砂利と同じなのかもしれないが、ははっ、あいつはロリコンだ」

 唐突に話し始めた自分に対し、改めて顔を見なくても朔太郎が至って普通なのがわかる。ストロベリーを持て余し指先で摘まみ、包装の中でコロコロ動かす気まずさ。

「どこへ行っても囲われるだけでね。つまらない話でしょう?うんざりすら出来ないままあそこはぶっ壊れた、少なくともそれには俺も荷担していることになる。軍人は頭か足かと話したと思うけど、」
「それは足元の砂利、だったと?」
「察しがよくていいね。そう、あれに意味があったか。ただ俺には生きている意味を問い詰める時間が他よりも沢山あっただけに、過ぎなかったんだ」
「…カフカは命を掛けるのに充分な男だったか」
「関係ない。まわりに生きてる物なんて必要ないと思った、それは汲んでくれたんだろうけどね」

 だが。

「…君にはそれでも弟がいた。彼は君を足蹴にしなかった人間じゃないのか」
「それはそうだね。無念だと思うけどそれを足蹴にしたのは俺だ。俺はあんたが思うほど優しい人間じゃない」
「しかしじゃぁ、君は何に道徳を持っているんだ?君は自分が思うよりきっと…日本人に多いんだが“エンパス”に近いだろうと勝手に推測する。その場その場で気持ちは大切にし傷付き引き籠るような、恐らくはそんな人間なんだよ。だから自分に自棄になるんだ」
「…ははっ、なにそれプロファイリング?
 そんなんじゃ孤独には近付けないよ、俺もそうだった。まだまだ互いに信用には足らないね」
「当たり前だ。平和主義なんだよ。俺はただ、…夢が見たいな」
「…は?」

 朔太郎は初めて子供のように笑い、「ここはユートピアだからな」と言った。

 …なるほどね。

「…却って暗いね」

 それがあれだけ。
 命からがらに、ましてやこんな野蛮な野郎を助けただなんて。
 この男は最早アドレナリンジャンキーの類いかもしれないと思えたが、それは相手も同じらしく、「どちらが先に救うかな」と言ってくる。

「救う、それが目的なの?」
「目的は後からつける。その程度だろ、実際人間なんて」
「…ふぅん、あっそ」

 しかしだからこそ。
 言わなかった。ただ意味は預けようかと「勝手なヤツ」と本音は話せた。

「誰のためでもないなんて、確かに面白いけどね」
「同情話がしたいのならそうだな、俺はこんな退屈な場所、左遷されてきたんだよ」
「へぇ、なんで」
「一個部署すっ飛ばしたから。ヘイトがどこか外れたらしい」
「…変な人」
「よく言われるがお前にだけは言われる筋合いがないな」
「腕一本切っちゃったの?戦争では正しいよ」
「ありがとう。じゃぁ雑談はもう良いや。基本君の仕事は資料まとめで。
 プロファイルは死んだ情報が活きるものだが…まずはじゃぁ、そんなクソみたいなコスプレしてんだ、警察様様のモグリでもどーぞ」
「こすぷれ?」
「…うーん、変装、」
「頭良さそうなのにバカみたいだね。うん、わかった」

 …暫くの退屈は解消されそうだ。どうせそんなものから逃げる技量もないし。

 …ただ、ただ。
 胸糞が悪かったという朔太郎の意地、意外にも日は浅いわりに自分の心を結構深く読まれたなという事実に興味は持ってしまったと、クロエはタバコを1本、漸く貰った。

 自分が子供の頃に唯一我が儘を言って、腹のすかせた猫を、あの牢獄へ連れ込んだのと変わらないのかもしれない。

 …それは、いつか逃がさなければいけないものなのにね。柴田…朔太郎。

- 20 -

*前次#


ページ: