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 ならば考えられるのは、二つほどしか残らない。

 基地の事故の時点で生存者も何もかもが有耶無耶だったはずだ、それはどこの機関でも変わらない。殆どが絶望視されている、当の軍隊ですら早々に引き上げ、そうしたのだし。

 知り合いだから顔を見てピンと来た、にしては掘り下げすぎたなこのヤブ医者は。

 なかなかあれこれそれと繋がるものじゃない、偶然にしてはこちらに近すぎる見解だ。一見低俗に感じられるが質の悪い。

 いるのだ、少しでもこの一連を掴んでいる者が、付近に。

 …先程のマイクはそんな素振りではなかった。確実に消してしまおう、でも保護でもなく。
 Sirの存在事態は、わかったけども。

 切り悪く「まぁ、引き上げてあげましょう」とオーリンも出口へ向かった。

 ここの“Sir”、“軍部”がどういう形態だか、本当にカフカがノータッチであるのか。
 もしノータッチであるならば廃病院をこうしている不自然、そのわりに本人の手元には確かに余らせている。

 例えば内部分裂をしている可能性だってあるし、そもそもカフカが離脱している可能性は端からこちらが考えていたものだとして。

 どちらにしてもここには一発、公正なものをぶち込むべきた。当たり前にまだディルの件は済んでいないし。

 オーリンの背が見えなくなったところで、朔太郎はあっさりと侵入できるその医務室に入った。

 すっ飛ばされたような注射器とデスクに乱雑に置かれた“Dimorpholamine”。
 まだ薬品の残る注射器をこっそり回収した。

 どういったものかは知らないが最終手段はミルカの薬事法違反か医師法違反程度でも引っ張れるか、こんなもの。

 ひとつ、思い出した。

「あれ、パルクールか…」

 確か、フランス軍隊訓練が由来だ。
 思い出したところで、朔太郎は荷物をまとめる。

 クロエに躍起になり手薄になった病院からの撤退は容易だった。

 いざというときどうする、なんてものは一切決めていなかったが、特に混乱することなく、朔太郎はクロエが逃げ込んだあたりからの正反対の場所を彷徨いた。

 手薄というより、まだ全然捜索の様子はない。ただの雑地、普通なら確かにこんな場所、いると期待はできない。

 が、ちょっと歩けばカシャッと、腰より下から銃の音がした。

 雑地の中、最早古くて何に使われていたかの見当もつかない、屋根のある空っぽの倉庫のような物の壁にクロエは凭れ座っていた。特別隠れているわけでもなく、却って気付きにくい。

「…サクちゃん」

 クロエの瞳孔はまだ開きっぱなしだったが、大人しく銃は下げた。
 息は荒いしガラスに突っ込んだからだろう、額が血塗れだ。丹精込めて自作したのだろうドレスもボロボロ、なんならそれは破って撃たれた脇腹の止血に使ったとまで見てわかった。

「大丈夫かお前。そこに病院あるぞ」
「……つまんないけど、勘弁してよ……」

 はぁ、と溜め息を吐き朔太郎はクロエの隣に座り込む。

「死ねとも生き返れとも言ってないんだけどな」

 クロエが手を出して来たので、ポケットから飴を出そうとしたがふと止め、注射器を見せた。

「……一個一個聞きたいんだが、」

 タバコを咥えて火をつけようとも考えたが、こんな自分にも警戒心があったのかと少し関心のような気持ちで、自分が飴を舐める。

「……あれのことなら、サクちゃんのお陰だよ。調べたら、…日本人のマッド、サイエンティストが出てきたから、作ってみた」

 はぁはぁしている。本格的に獣のようだ、こんな顔してと、どこか俯瞰。

「は?」
「うーん、知らないんだ?麻酔だよ、麻酔。全身の。アコナイトとかの」
「……すげぇなお前」
「翻訳わかんなかったけど、開発段階、で、奥さん死んだってのは、わかった。はぁ……、17世紀だって。凄いねぇ…日本人…」

 アコナイト………ナイト……。
 あぁ、トリカブトだっけ、多分。マジか、こいつ。

「……いや、お前の方がすげぇ。あとさ、何?フランス兵訓練受けてたんかお前」
「あ、よく知ってるね、サクちゃん。ウチの基地では、馴染みなかったのに。うん、まぁ……。
 てゆうか……あの、銃創マジでキツいからどうにかして、あそこ以外で……。ミルカのことも話すから……」
「あ、お前そうだ、人間だったな忘れてた。ちょっと通りまで歩くぞ、車は呼んだ」

 朔太郎がクロエに肩を貸せば「い゛っでっ、」と、まるで我に返ったかのようだった。そりゃ痛いよなぁ…と、ぼんやり思うのだが。

「お前って何で出来てるんだ。はっきり言って引いた」

 取り敢えず別の飴を渡してやり、次はタバコを咥える。

「……シュワルツェネッガーを思い出した、俺は」

 クロエは煙に嫌そうな顔をしている。

「…ナニソレ」
「そっかお前、生まれはここだったか、まるっきり」
「まぁねぇ……、あのさ、怪我人なんだ、俺」
「ん、そうだな。元気そうだ」
「話通じないな、軽く痛いんだよ」
「すげぇ痛そうだけど痛くなさそうなんだよなぁ…。いくらなんでも…生き返るとは。シェイクスピアは知ってるか?お前」
「だから嫌いだっつーの。痺れてんだよいま、あのヤブ医者のせいで、」

 だからと言われても。つまりミルカの注射器のせいなのか、生き返ったけど。複雑だ。

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