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大通りに出てすぐ、黒の覆面パトカーが現れた。
運転手は短髪の警官。クロエにはパッと見て男か女かわからなかったが「シバタ、」と不機嫌そうに言った声は女性だった。
その警官はタバコを噛み、切れ長気味の目でじろっとこちらを眺める。
「緊急通報はタクシー会社にも病院にも繋がってませんけど」
とは言いつつ、まるでタクシーのように自動で後部座席を開けてくれた。
加えてすっと取り置きの灰皿まで出し、朔太郎の吸い殻まで回収する始末。
特にそれから何を言うでもなく発車させる。
「随分早かったですね」
「こちらこそ。掛けて5分なんて優秀だなジェシー」
「貴方に持たせている番号は私に直通するように指示してあるんです。先日の隊長の件をお聞きしたので」
「根に持ってんなーあいつ」
「相変わらずなようで、シバタ巡査部長」
嫌味ったらしく、部長を強調された。
血が抜け大人しく黙るクロエはぼんやり「確かにあの資料部屋の長、か」と考える。
「流石右腕だなジェシー。お陰で蜂の巣にされずに済んだ。あと10分も掛かったら武装隊に殺されてたかもしんない」
「それなんですが、道すがらゆっくり聞こうかと。しかし、予想外に負傷が激しいですね、その人」
「だよなぁ」
「人使いがどうかしてると隊長から」
「………この人、サクちゃんの、上司で合ってる…よね?」
保護されてみれば興奮も冷め、自作の薬も切れ気味なのか痛みが増したように感じた。
「…いえ、違います。
はじめまして、公安科機動捜査1部隊巡査、ジェシカ・ヴィンターハルターです。アヴェリン氏、貴方のことはお聞きしています」
「旧姓な」
「ん?」
「私情は持ち込まない主義なんですが」
よくわからん。さっき指とか見なかったけど、既婚者ということかな。
「…もしかして、ハーフさん?」
「ええ。アメリカとドイツの」
「なるほど……」
「もしも気になるようでしたら」
「いや、ごめんね、大丈夫だよ。貴女が大丈夫なら…」
なんとも言えない間が少し出来たが、すぐに「では…」とジェシーは続ける。
「ここ2日ほどの報告はシバタから受けていました。
あの施設についてこちらでわかったのは、一応厚労科の認可はあり、」
「そうか」
「ですが、管理する部署の名は“厚労科国防支部外務及び残務係”と、どこへ問い合わせていいのかという場所が実態です」
「なるほど。厚労は確かに軍隊残務も仕事のうちだからな。
しかしならこうは考えられないか?厚労、国防、外務と繋がりは持てる、と」
「どうでしょうか。私は単に責任は最早国にないと捉えましたが」
「…俺から一つ」
ジェシーは死にそうなクロエをバックミラーから横目で少し見て「大丈夫ですか」と冷淡に言った。
「俺、化け物だから大丈夫。
あそこの…名前聞いてこなかったけどあの医者」
「マティアス・オーリン。ドイツ人。医務官とかいうよくわからない中途半端な役名の、体感的には一番病院を仕切ってるヤツ」
「…知り合い。
ジェシーでいいかな?ジェシカさん」
「まぁ、気にせず好きな方で」
「わかった、ジェシー。
本名はミルカ・ヴァラカリ、フィンだよ。……元は、多分、カフカの執事だかなんだか、付き人。あと、軍では医療の研究者をやってた」
「研究者…」
「多分医師免許とか持ってない。骨折とかすると劇薬打ってくるようなヤツ」
「なるほど」
「ボランティアとか、反社とか、言ってたんだけど、あそこ。
納得した。軍用でもなく、輸入はフランスからとかなんとか、言ってるのも。マフィアかなんかと繋がってるんじゃないかと、俺は思ったけどさ。DOを「昔の仲間」と言いやがったよ。
俺の率直な感想は「ビンゴだサクちゃん、真っ黒だよ!」デスネ」
「当の院長「カフカ」様もどうやら名ばかりだったな。
俺としては薬事法かなと思うが、えっとあの部屋にあった“ジモルホラミン”の認可があれば、だな。まぁ、無理ならミルカの医師免許かな」
「ナニソレ」
「お前が打ち込まれたヤツだぞ、多分」
「それはこちらで判断しますので。まずはアヴェリン氏の回復を優先させましょう」
「あぁ……、まぁ、寝てるよ。半分以上九割が自分のせいだから」
「…は?」
驚いたのか、すらよくわからない感情温度で漏らすジェシーに、「ふはは、」と朔太郎は笑った。
「言ってなかったがこいつはアニシン第二の生き残りなんだよ、ジェシー」
少しだけ黙ったのちにジェシーは「なるほど…」と呟くようだった。
「…良い加減隊長が呆れますよ。ここだけの話に私はしませんけれど」
「別にいいよ。公言していいならいくらでもしてやる」
「その件も聞かなければなりませんか、シバタ。参ります。一応、隊長も人として貴方を気に掛けてますけど」
「そうかい」
「…隊長って、えっと…クリスタルで合ってる?」
「先日の件は、貴方でしたか。そうですよ。
シバタ、」
「気に病まないでお前らは幸せになってれば良いんだよ。わかるだろジェシー」
なるほど。
「……サクちゃんって、酷い男だよね。でも、」
「下手というか雑なんですよその人。男ってそういうのが傲慢だって知らないんですよね、嫌になる」
「私情じゃないかそれ」
「まぁ…俺もジェシーの意見に賛成。ジェシーと、クリスタルに免じてちゃんと治療することにする。ごめんねジェシー」
「…意外と穏和な方なんですね、アヴェリンさん」
「クロエで良いよ。本姓で言えば…クロエ・ユーリエヴィッチ・バザロフ…てことになるのかなぁ」
よろしくと、少し切なそうに笑ったクロエを、ジェシーがバックミラーで見たかどうか。
とにかく、「では…ジェシカ・カミュです」と、ぼそっと、ギリギリ聞こえるかどうかでジェシーが呟いた。
互いにそれ以上の、その話はしなかった。
策略なのか小細工なのかなんなのかはわからないが、確かに悪い環境にはならないらしい。腹が読めないなと、朔太郎に対し二人は思った。
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