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 …何気に激務だよなぁ…。

 眉間を揉んで飴を漁ろうとした時、朔太郎の耳にふと、静かに荒い呼吸が聞こえてきた。
 ぱっとソファを目にする。デジタル表記はAM2:30。

 昔から、自分の時間感覚はジャストだ。

 クロエが眉間にシワを寄せ、何かに耐えるように眠っている。
 どこか痛いのかもしれないなと、朔太郎がタバコを咥えて少し眺めていると、まるでハッとしたようにクロエの薄目が開かれた。

 光か、目を細め自分の姿に行き着き、寝ぼけ眼で「…サクちゃん?」と戸惑ったような反応を見せる。

「おはよう。夕飯いるか?」

 飴しかないなと、ポケットから飴の包み紙を取り出す。触った感じ、古くて溶けたものだった。

「……何時?」
「2時半」
「……」

 むくりと起きたクロエは「…夜?」と寝ぼけている。

「そう、いや、朝」
「…残業って何時間OKなの?」
「推奨は3時間までだな」
「…マジか」

 そしてごく普通に「朝飯じゃないの?」と返ってくる。

「そうとも言う。
 タバコも飴も切れた、コンビニ行くけど」
「わー、ホントに?じゃあ行く」

 …何故かここの国の日本人以外はコンビニ、喜ぶよなぁと車の鍵と拳銃を手にしながら思う。
 まぁ、どうやら珍しいらしい。この国のコンビニは日本由来だ。

 「オデン、オデン」と嬉しそうに着いてくるクロエに、どうやら負傷の後遺症じゃないようだ、悪い夢でも見たのだろうかと、やはり長時間勤務のせいか、集中力は完璧に切れてしまったと自覚した。

「オデン、凄いよね」
「そうか?」
「市場?というか屋台みたい」
「まぁ、元はそれなんじゃないかな」
「ふーん」

 病院の件から早3日。
 クロエは医務員から、全治最低1週間と言われたはずだ。しかし今、まるで死にかけたとは思えない態度を見せている。
 …まぁ、元気なことは良いことだ。

「…サクちゃん、晩御飯も食べなかったの?」
「覚えてないけどそうだと思う」
「俺が寝たのすら何時なわけよ…22時かな…あれから4時間も詰めてたんだね」
「明日だからな」

 明日、じゃないか。今日か。

「傷はどうだ」
「ん?うん、まぁ痛いけど大丈夫そうだよ。サクちゃんの方がなんか…大丈夫?」
「何が?」
「過労で死なない?」
「まだ始まってないから大丈夫」

 互いに何を言ってるんだか。

 外に出れば「うぅ…染みる、」とクロエは呟き助手席に乗り込む。

「久しぶりだな」

 確かに、そうだろう。
 残業すら久しぶりだ。

 クロエはこうして、朔太郎が同行しなければ外に出られない。調査同行はあったけれど。
 たまには、眠れない夜くらいは、これくらいがいいのかもしれない。

「生きるって不思議だよね」
「そうだな」

 明かりもない夜道は寒い。

「よかったって、思いたいけどね」
「身体は資本だぞ。よかったも何もない」
「つまらないなぁ。確かにそうなんだけどさ。てか、はは、説得力ないねサクちゃん」
「お前のは説得力あるな」

 特に話すことはないのだが。

 基本的にクロエは静かな青年だ。
 しかしどうにも、「…嫌な夢見ちゃってさ」と、ただ外に出ただけなのに、いつもより喋る。

「ああ」
「昔の夢。まぁ、何回も見てるヤツだけど」
「苦しそうだったな」
「そうなんだ?うんまぁ…超勃起した。そういう夢」
「はぁ?」
「説得力ないね、はは」

 そういう夢。
 一体どういう夢なんだ。多分碌でもないだろう。

「夜って嫌いなんだよね。昼も嫌いだけどさ。サクちゃんはどっちが嫌い?」
「変なこと聞くなぁ。考えたことない」
「ま、そうだよね」

 それから会話は途絶えた。
 買い物から帰り一度、「寝れば?いいよ?」とクロエに言われ、仮眠くらいは取った。

 一日中誰かといる、というのもかなり久しぶりだ。そんな、珍しいことを眠る前に考えたような気がする。

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