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とにかく風呂場にトキワアオイを切山が連れ出せば日向も共に来て、洗面所でトキワアオイを降ろした。
案外、心配無用でちゃんと立てるらしく、日向は「脱げ」と言いながらトキワアオイにその、間貴志曰くお手製らしいニットを渡し、先程拾ったジーンズを、服ばかり入った大きなゴミ袋に入れていた。
ニットをトキワアオイが受け取ってからも手を出し続ける無愛想な日向に、トキワアオイは立ち竦んでいた。
ちらっとそれを見た日向は溜め息を吐いて「脱いだらこれに入れとけ」とトキワアオイに命じ、さっさと洗面所を去ってしまった。切山もそれに習い、「何かあったら呼んでね」と言って洗面所を後にした。
リビングへ二人で戻れば腹が痛そうに擦りながら間貴志が「ソウちゃんうどん温めて」と言った。
「食えんのか」
「あの子供と半分こする」
キッチンに立って鍋に火を掛けた日向はちらっと切山を見て「お前夕飯食ったか」とぶっきらぼうに尋ねる。
「いえ、まだ…」
ふう、と息を吐いて日向はフライパンを取り出し水を張り、そこに乾麺を投入した。
「ついでだから食ってけ」
「…はぁ、ありがとうございます」
「あと茶を入れてやれあいつに。あいついま動けないから」
やはり具合でも悪いのか。
聞こえた間貴志が「本気で妊娠しそうなんですけど」と不機嫌そうに言った。
なんだあんたら、やはりそうなの?
とか思いつつ切山は触れないことにして急須を探し当て、仕方なく湯を沸かした。
ほうじ茶のティーパックがあったので、取り敢えずカエルのマグカップにそれとポットのお湯を入れ、自分も勝手に入っていたコーヒーをブラックで入れる。カエルのマグカップを間貴志のデスクにおけば、確かに凄く具合が悪そうに「ありがと」と言った。
「間貴志さん、具合悪そうですけど」
「…昼間腹壊した。あそこの社長死ねばいいのにマジで」
なんて不謹慎な。
てか誰だよ。
漸く切山は気付いたが、間貴志は少し声が枯れているようだ。
「新作だっつーから行ったらこれよ。マジでゲロい。ソウちゃんこの仕事辞めたいんだけど」
「まぁそう不機嫌ならな。お前いつか毒盛りそうだよな。ファッションのあーゆーやつってどうして性格悪いかな」
「知らないよ。まぁ、良いの撮れたけどね。ほら見てよこれ」
間貴志に指差された画面を素直に切山は眺める。
見れば、あのジーンズとあのハイヒールを履いた、女性らしいシルエットのレディースファッション広告があった。
これ、もしや。
「これ、間貴志さん?」
「そうだよ、副業」
「へぇ…」
なるほど。
「レディースなんですね」
「サイズがないらしい」
「なるほど…」
「顔出さなきゃいけるもんでしょ」
多分あんただからだよなぁ、これ。
「モデルさんてこと?」
「ボトムスのね」
確かに顔出したら、なんか殺し屋なんてダメそうだもんな。丁度いい職業だなと切山は感心した。
「で。こっちが本業」
画面が切り変わった。
常磐葵
9歳
常磐友康と安西昌子が認知。
小学校へは要っていない。
住居“Ciel bleu”1003 名義人 常磐友康
常磐友康は開業医で、妻は常磐美波。
安西昌子は独身。職業 現在無職。以前にキャバレーで働いていた。
家賃は友康の口座から自動引き落とし。
つまりあの子供は開業医の愛人と隠し子、ということなのか。
「絵に描いたような不幸少年っすね」
「そうだねありがち」
「で、俺はあまり今を把握してないが」
「家の隣の隣が虐待。キリヤマくんが子供確保」
「なんで家に来た」
責めるように日向は切山をじろっと睨む。
間貴志が指をパソコンから離し、まるでヤンキーのような見映えで腕を伸ばして膝の上。今日切山が来てから初、漸く間貴志は日向を上目遣いでガン飛ばし、「俺が呼んだんだよ」と言った。
「悪い?」
「別に悪くないが仕事じゃないだろ」
「殺せばいい。そんな親」
えらく間貴志は不機嫌で、日向は困ったように溜め息を吐いた。そして問う、「身体は大丈夫か夏音」と。
「…妊娠したって」
「んなわけないだろ。そんなにハードなら辞めちゃえ。金ならあるんだし」
「金金うるさいんだよソウちゃんは。俺の気も知らないで」
「じゃぁお前は俺の気がわかるのか夏音」
「何?俺のやってることは自分より甘いって言いたいの」
淡々と語る日向に感情の高揚を露にしていく間貴志を見て、日向は間貴志を睨みながらも火を止め、仕方なし、とばかりに手元であのゲロ甘コーヒーを作る仕草。
それからそれを片手にソファ切山の隣へ座り、また静かに「みっともないからやめようか夏音」と呟くように言った。
「別にあの子供が俺に親を殺せと言うならいくらでも殺すけど。お前わかってて切山にここへ連れてくるように言ったんだろ」
「…わかんない。はっきり喋って聞き取りにくい」
しばし日向は俯いて、組んだ指を眺めていた。そう言えばこの人、奥さん、もしくわ恋人はどうしたんだろうか。関係ないことを切山は考える。
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