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 ぼんやりと前を、結婚指輪を眺める日向の心境は切山にはいまいちわからない。

 言ってしまったせいか気まずそうにどこか下を眺める間貴志も。

 ふと、思い立ったように日向がゲロ甘コーヒーを持って立ち上がり、間貴志に近付く。そんな日向を見上げる間貴志の表情は、飄々としていながら身体がピクッと、怯えるように上下した。

 伺うような警戒心だが声を出せずにいる間貴志に、日向は黙ってぎこちなく、指輪をした手で持ったコーヒーを、目の前に突き出した。

「…は?」

 日向は間貴志が受け取るまでそのままらしい。空いた右手で、間貴志の側に置いてあったマルボロのメンソールを開けて一本取り出し、箱の上に置かれた青いジッポの蓋を開けて火を点した。

 不思議な顔で見上げながら間貴志もコーヒーを日向から受け取り、一口啜る。

 二人同時に「マズっ、」と言って顔をしかめた。

 だけど特別にタバコを揉み消すことなく、わりと早いペースでそれを消費する日向を眺めて間貴志は「より喉が乾くよソウちゃん」と苦言。

「これだって、歯みがき粉じゃないか」
「メンソールをわからないやつは大体味覚障害だね」

 タバコを吸わない切山の理論は、「それは違うんじゃないか、どちらかと言えば逆じゃないかな」と思ったが、二人が同時に笑い出したので黙っていることにした。互いの刺し違えたアイロニーは容易く消えてしまったらしい。

「…お前にも俺にも苦手なものだねソウちゃん」
「…そうかもね」

 この二人、なんというか不思議だなぁと。
 にやっと笑った間貴志の顔は、ちょっとグッとくる物があったのだが、次の瞬間に日向の後頭部を軽く握って寄せたところで、

 やっぱりな!

 と、自然と切山は顔を背けたが、
 ゴスっ、という鈍くも、自分の頭まで痛くなりそうな打撃の音に切山が恐る恐るまた二人を眺めれば、額を軽く擦る日向と、

「リップサービスだわアホ。こんなゲロ甘コーヒーでチャラだと思うなよ」

 悪戯した子供のようににやけた間貴志が言った。
 間貴志は日向を離し、またパソコンに向かいながら「|脳震盪《のうしんとう》起こしたらどないすんねん!」と、やはり不機嫌は治らず。

 見兼ねた日向が息を吐き、「…痛み分けじゃん、一方的な」とぼやいた。
 日向はコーヒーを一口飲んで、灰が落ちそうなタバコを揉み消し、再びソファへ戻ろうとするが、切山が何とも言えない壮絶な顔をしていたので、日向はついにいたたまれなくなり、

「お前あの子供、多分|逆上《のぼ》せてんぞ。様子見て来い切山」

 と命じる。多分風呂に入ってそんなに経ってねぇよと切山は苦笑しつつ、「はいはい」と立ち上がった。

 なんだかなぁ。
 確か自分はここに来る前、|日向《ヤツ》に何かを言おうとしていた気がするんだが、常磐葵のお陰で霧散してしまった。果たしてなんだったか。

 案の定、風呂場からはまだシャワーの音がした。やることもないが、あのリビングにもなんだか戻りたくない雰囲気。洗面所の壁に凭れて切山は考えた。

 日向の初見の雰囲気、印象と大分違う気がするなぁとぼんやり考える。そもそも殺し屋ってなんだっけ。ライフル持った顔の濃い、名に恥じぬゴリラみたいなヤツがやってんのが殺し屋じゃないの?ヤクザにもあんな感じのゴリラみたいなヤツいたけども。

 しかし日向は拳銃だ。ヤクザもわからんシンプルな黒いチャカ。そりゃそうか、ライフルを街中でぶっ放して良い国じゃないよな日本、いや、拳銃もか。

 だがあの利息オカマが目の前で血を流したのと、組員が死んだのは事実だ。今日俺は起きたし、夢でもないよな。

 自分の置かれた状況を、今更ながら振り返ると寒気がした。

 第一ヤクザって、俺がやっていい職じゃないっしょ。なのに殺し屋(仮)に拾われるとか、俺ってもしかして流されてる?ある意味、運命に沿ってるかもしれない、若干デスパレード状態ですが。

 這い上がってみたが検討外れだったらしい。半ば不貞腐れそうだ。

 色々ぐるぐると考えてみても、現段階、nowですら俺って何してんだろ、と、イライラのような倦怠のような微妙に怠惰な思考の中、シャワーが止まった。

 少しして、啜り泣くような|嘔吐《えず》きが聞こえた気がして、「アオイくん?」と、洗面所から声を掛ければ返事はなく。何か気分を悪くしたのかと切山が風呂場のドアを叩けばコツっと小さく返って来た。

 ヤバイかなと、「ごめんよ、」と風呂場のドアを開けたら両手で顔を押さえて泣いていた。

 常磐葵は「やめろ」の意思表示をして片手を振った。肌は白いがそこら中痣だらけだ。これは見てはいけなかったなと「…ごめん、気分とか…」言い掛けて切山は気付いた。

「あれ…」

 股関。
 アレ、なくない?多分。

「お、女の子、もしや」

 言ってみて切山は激しく焦燥し、何故だかようわからん背徳まで襲ってきて羞恥。常磐葵も切山の一言にピクッとなり、少し睨むように涙目で見上げるものだからより動揺。

「ゴメンナサイ、アノ、そゆんじゃナイ」

 俺はどこのアメリカ人だよ。デュークにはなれねぇなと「スミマセン、終わったらいるので呼んでクダサイ、僕キリヤマです」インターネット翻訳のような片言日本語で常磐葵に言う、I'm sorry, I will be here when I'm done, so call me, My name is Kiriyama.

 切山は洗面所から出てまた壁に凭れた。

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