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「…シグザは」
「|切山《きりやま》に渡した」

 ごく当たり前に言う相方を睨むも、相方はそれを受け止めるようにカノンを真っ向から見るから厄介。少しの破壊衝動がひしひしとカノンのに宿る。

 だがカノンは湊の真っ直ぐな瞳に根負けした。カップから手を離し、溜め息を吐く。

 漸くコーヒーを口にした湊も小さく溜め息を吐き、コーヒーを置いて水面を眺めていた。
 所在なさ気に指を組んで前のめりになる。

 湊も湊で、あの子供に対して痛みがある。痛みが終われば悲しくも、優しくもなれるが、いまはまだ、違うらしい。

 子供は嫌いだった。
 いや、苦手だった。正直。
 湊にも思い出すことくらいはある。カノンはどうやら機嫌が悪いようだが、俺だって気分はよくないし、この気持ちに同意は少ない。

「勝手にあげたんだ、あの銃」

 皮肉に言うカノンの、あの銃という言葉。
 それは少々自意識過剰だ。

「いらないだろ?お前は使わないじゃないか、今は」
「わかんないじゃん」
「えらく他人事のように言うんだな。また握るのか?銃を」
「やめろよ殴るぞマジで」

 嫌でも思い出す。
 それぞれ、過去がある。
 しかしどうにも、今は優しくなれないらしい。

「…あれはお前が握った銃じゃないよカノン」
「なんだっていい。結局は一緒だ。そんなもんをあんな使えなそうな新人に渡すなんて喧嘩売られたとしか思えない。
俺がもう少し殺れたらいいの」
「もういい、わかった悪かった」

 湊はカノンに降参のポーズで両手をあげた。
 絶対におちょくっているとよりカノンは腹が立ち、湊に掴み掛かった。

 しかし湊は本当に抵抗なく、あっさりそのままカノンを支えて倒れ込んだもんだから、カノンにもやり場がなくなってしまった。

 家付近でサイレンと救急車の音がする。耳に付く。

「…カノン、」

 組敷かれても尚優しく低い声で湊はカノンに呼び掛ける。息を殺そうと過剰に肩をいからせて呼吸をするカノンは、徐々に泣きそうになった。

 それには頬に手を添えてやるしかない。
少し拓けた髪から見えた項付近の噛み痕を覆うようにして。

 それに気付いたらしい、嫌なのかカノンは気まずそうに湊の手を制したくて重ねる。

 いちいち、傷を漁り合っているような状況に、苛立ちはあるが、気分は一度捨てたい。ただ、優しくなれるように。

「思い出したのは俺も同じだ」

 恐らくはカノンのそれと。
 自分のものを。

「…なに、それ」

 声が震えている。
 これは泣かせた方がいいだろうな、この、人形のように死んで生きてきた奴には。

「昔、子供が描いた絵を」

 それを聞いたカノンは硬直した。
 幸せだったか。そうかもしれない。口を吐いた心の窓の向こう側は、案外誤魔化せていない自分が浮上する物だと、この機械のような殺し屋は、己のことをわかっていないらしい。

「…ソウちゃん、どうしてそんなに」

 生き急いで見せようとするのか。
 誤魔化せてなどいないくせに。

 ふと、柔らかく笑った湊は、言う。

「泣いてくれるのはお前くらいだな、カノン」

 他人事のよう。
 自分のことなのに、興味がなさそうにするこの男と自分は、実は酷く似ている。

 じんわりと湊の掌が湿っていくのが感じ取れる。
 俺が泣いてる場合じゃないけど。

「…わかったら退いてくれ。足が痛い」

 あっさりと自分を明け渡せるこの男には、カノンは敵わないなと思い、言われた通り退いてやる。湊は座り直して手元にぞんざいに置かれていたカギ編みに手を伸ばして視線を手元へ。あとは淡々と意味なく毛糸を絡ませていく。

 ソファの上ですら体育座りの同居人は、少し踏ん張ったようだ。泣き止んで机の上を眺めている。

 きっと、あの銃を切山に渡したことは、
まるであの、出会った日にカノンの銃を奪ったその瞬間の絶望に似ていたんだろうと湊は察する。

 降ろさせた、と言っては聞こえが良すぎる。自分はそれほど人に優しくなれない。

 カリカリと毛糸は消費される。

 自分の置かれた状況を無理に把握させてしまった自分のエゴは、案外脆いもんだと思う。

 一瞬、湊はカノンを気の毒に感じたのだ。
 自我も捨て去らねばならぬ程に何かを捨てて身を賭して生きていたこの男もまた、大切な家族を喪った自分と同じだと直感したのかもしれない。

 だから任務外に出てみたのだ。
 お前は知らないかもしれないが、初めて人を殺した恐怖。だからあの場からお前を連れ去って存在を殺して生きていくしかなくなったんだ。

 昔のことでも、硝煙のようなあの孤独の臭いを褪せないようにして悲しみからそれに塗り替えていくしか出来ないでいるんだ、俺は。

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