3


 墓を前に巡る。

 まともな職に就けばなんとか君と、幸せになれるだろうかと、気が焦ったのはあった。

 今の俺を見たら君はどんな顔をするのだろうか。多分、笑ってはくれないだろう。
気付けば君より歳上だ。歩むスピードはもうけして、等しくならないようだよ。

 世界平和だったのかな、あれは。君の世界も裏切り続けて俺は生きている。

 だから一度きり、一年振りに父に返りたい。今日は銃もないし、ただの男でただの父だ。前より不在にしてごめんな。

 もしかすると、まだ来てないみたいだし、義母や義父に会うかもしれないな。君の父母で、君の祖父母だ。

 早々に立ち去ろう。でも、その前には笑いたいと思うのに、毎回笑えないんだ。

 そこで今も君は笑っているような、記憶のまま何も変わっていないような気もする。

 少しだけ長く考えては、やっぱり、また一年後、今頃は手を繋いでいたのかもしれないと、日向は立ち去ることにした。

 やっぱりあの絵はなんだったんだろう。
 やっぱりあの指輪をした君の綺麗な泣き顔は忘れられない。
 勿論、切り傷だらけの君たちだって、死ぬまで俺のものだ。

 空を見上げれば快晴だ。昼くらいだろうか。

 流石に間貴志は起きただろうか。凍えたヘルシンキにいた青年。間貴志も、日向も、だから特に互いの生きていた頃は語らない。

 避けられた苦い思い出の痕に指を這わせる必要はない。あえかなる声を聞きそびれては不確かな痛みが、咲いてしまうから。

 じゃぁあの日に聞こえなかった声は。
 君たちの声はきっと神様しか知らないのかもしれない。

 こうして悪は滅びない。俺は世界平和とは別の世界観で生きているんだ。

 意味が足りない、位置も見えない。なら、知りたくもない自分とやらに向き合うしか、ない。

 来年の今日はここにくるんだろうか。
 草木も生えない過去に、多分俺はどこかで未来を受け渡していたんだ。

 墓を一人去る日向は、とにかく今はもう、とっくに血にまみれていたなと再確認した。

 また一年は生きていると思う。けどそれくらい曖昧だ。ただ今日だけは一人でいたいと、去年までは思ったかもしれないが、今年は帰ろうと思い立ち、ケータイを取り出して間貴志に電話をいれる。

『もしもし』

 と不機嫌そうな掠れた声がする。お前、酒焼けのようだなまったくと、「もしもし」と言い返す。

『どうしたの』
「今から帰る。夕飯までには着くだろう」
『えっ、』

 驚いていた。
 間があってから、『あっそう』と言われた。

『キリヤマくんが会いたがって朝から押し掛けてきたよソウちゃん』
『え、ちょっ』

 電話の向こうでやり取りが聞こえる。誰も見えなくにやけてしまった自分に少し、驚いた。

 彼女の好きだった料理はなんだっただろう。
 娘と一緒に食べたものはなんだっただろう。

「豆腐ハンバーグ」
『はぁ?』
「たまには」
『なにそれ。ねぇキリヤマくん、豆腐ハンバーグってなに』
『はい?』

 知らなかったかこのフィンランド人。まだまだ日本文化を知らないらしいな。

『それは豆腐とハンバーグだよね。合うの?つか筋肉ゴリラみたいなメニューだね』
「豆腐で作ったハンバーグだよ」
『は?』

 ですよねぇ。

「…わかった俺が作る」
『え゛っ』

 自信はないけどな。料理ヘタクソとか言われてるし。ていうかお前、無駄に上手いんだよ何故か。
 多分暇だからだろうけど。

「よくわかんないけど」
『わかったよ調べるよ、何?豆腐ハンバーグで検索出るの?』
「出るだろ普通に」

 ケータイ片手に最寄り駅まで歩くことにした。間貴志のせいでバス停を通りすぎたのだ。
 どれくらいで帰れるかはこうなると正直わからないから、多分検索して材料を揃えて完成する頃には家につくはずだ。

「胃にも優しいし」
『最近マジでオッサンだよねソウちゃん。変な宗教はまったの?』
「凄く偏見だな」

 事実歳は食った。もう確かにおっさんかも。
 あぁ、娘が生きていたら、きっと今頃凄く煙たがられてモヤモヤした日々かもしれないな。それくらいの歳だ。風呂離れはしてるかもしれない。それってさ。

 遠く感じる、未来だったはずの妄想をしては、果たして未来を見てるのか過去を見ているのかわからない気持ちにもなる。切なさはあるがこれはこれで少し暖かい。

 もしかすると大差ない未来だったかもしれない。

「まぁ、なんでもいい。思い付いただけだから。
じゃ、そんなわけで」

 待たずに切った。
 仕方ないが今はある。ヒーローにはなれなかったけど。

- 24 -

*前次#


ページ: