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 外装の写真を見れば、築年数がかなりキテいそうなビルにひっそりとあった「太阳保险」の黒札。
 予想はしていたが、やはりヤクザの企業舎弟。如何にもな佇まいだった。

 こんな企業舎弟になんの用事で赴いてるのか。中国語なんて一切出来ないし大丈夫だろうか。

 理不尽だこの仕事。だが甘んじてこの報われなさを受け入れなければなるまい。

 国立が真柴を処分したとしたら多額の保険金を掛けた竜崎が受け取ることになる、これは竜崎が端から真柴を当て馬として使った場合でも変わらない。では何故国立は真柴を自ら殺そうとするのかがわからない。

 国立が真柴を抱き込んでいると言う見立てを日向は立てていたが、つまりそれは受取人を国立サイドの者にした、と言うことだろうか。それならば、確かに竜崎が真柴を処分するより先に国立側でこっそり殺し屋を立てたのは納得だが。

 どうにも、真柴の所在が掴めていない。殺せと言うがそれがわからなければ仕方のない。

 仮にもう真柴が死んでいるとしたら受取の詳細を話しに来た国立の手練れとして滑り込めるが、それは下手すれば竜崎にバレかねない、ここはどのように話がこの保険会社とついているのか。
 それ故のいまの己の訪問なんだろうかとぼんやり考えた。日向は、お前の力量次第で浮き彫りになるし生死に関わると言っていた。

 自分の立ち位置を考えなければならない。竜崎と名乗るか国立と名乗るか。

 竜崎としては真柴を切らない理由がない。だが、受取を仮に本当に国立が持っていたとすれば真柴はまだ殺してしまいたくない相手に早変わりするわけだ。国立の「勝算」とはそれだろうか。

 だが、まだ甘い。これは過程でしかない。受取を国立が握れたとして、では何故わざわざ真柴はいなくなっているのか。探し当てていたり、指示して潜伏させていた方が殺すよりはまともだ。真柴は竜崎側に寝返った、と言うのも変だが、そうなのだろうか、これも国立が真柴を殺したい理由にはなりそうだ。

 どちらも真柴を殺す理由と殺せない理由を考えることが出来たが鮮明じゃない。じゃぁ他に日向は何を見越したのだろうか、結果自分はここに赴いている、理由を探さなければならない。

 いずれにしても保険金の交渉として出向くのがいいのかもしれない。
 元は竜崎の持ちだが、国立が保険会社に提示した条件により変わってきてしまう。

 間貴志から貰った地図を便りに、切山は「太阳保险」に向かう途中に筋道を立てる。

 思ったよりも重大だ。あくまでどれも予想でしかない。

 まずはそれでどう転ぶか。この話し合いを上手く付けて日向の元へ話を持っていかなければならない。そして真柴は両者の何を握るのか、ここを明白にしなければ。

 意を決して切山は保険会社の扉を開けた。

 瞬間で声が掛かる、「ドチラサン?」と。
 オフィスの見た目は窓も黒いカーテンが掛かった、オレオレ詐欺の事務所の如く、ソファひとつと電話一本と5人の中国人。監獄のような場所だった。4人が地べたに座ってコンビニ弁当を食っている。

「はっ、」

 いくらなんでも。
 どうやら保険会社など、幻想を纏っていたようだ。
 どこが保険会社なんだ。企業舎弟だからといってあまりに非現実的だ。でっち上げ魔法も良いところ。

「アンタ、初メテ見ルネ」

 蛇のような目付きの、一人唯一ソファに座っていたボスと思わしき中国人がカタコトな日本語で言う。
 引き返せないところまでの幻想。

 いや、オレオレ詐欺事務所なら来たことはある。

「…えっと、どうもコンニチハ、ニーハオ…」

 ばっ。
 バカじゃねぇのか俺。
 いくらチャイニーズでも「はぁ?」だった。そりゃそうだ、意外にも健全じゃないのは俺だ。

「アンタ、自殺保険入リニ来タノ?」
「いや、あのー、確認シタクテ」
「はぁ?」
「真柴デス。はい」

 残りの物も弁当を置いてこちらを睨む。
 咄嗟に答えてしまい一気に空気が変わった。
 途端に殺伐として思い出した、「10万くらいで人ならバラしてくれる」。それって殺し屋、いや、なんだろうか。あまりに幻想じみた空気に遠退いてきた。

 …そりゃぁ元来ヤクザ業をやっていたのだからチャイナ、保険屋、それはつまり殺し屋、中国ヤクザってどんなんだっけと切山の頭を混乱が引きずり廻している。ヤクザが人をバラすなんて、現場でやったことはないが誰かに頼んで海原の泡沫へ、だ。

 チャイニーズマフィアという不吉な言葉が浮かんだ。遠すぎて、泡沫ならばまだ綺麗。

「真柴?」
「…国立の頭バラした」
「…イクラで?」
「は?」
「死体ノ話違うノ?」
「し、はい、それで」

 チャイニーズマフィア(仮)の、ソファに座っていたボスらしきチャイニーズが腕を組みにやっと笑った。

「物ハ?」
「へ?」
「知らナイノ?僕達モ飯食っテルよ?」
「あー…はは」
「ナメてルの?」
「いや、あのー、今日は商談というか詳しい話を」
「物ハ?」
「物…?」
「アンタ、誰カラ来たノ?国立カ?竜崎カ?」
「え、うんと…国立さんから電話がありまして」
「物ハ?アンタノ命ソレデ変わるヨ」

 …どういうこと?
 命が変わる、つまりバラす、殺すはまだ保留なのか?いや、行方知れずの相手にこれはなんなんだ。
 つまり真柴はこのチャイニーズになにか、国立から物を預かっている、ここに来るのは承知だった?
 …行方知れずなことにして抱き込む、つまりは…。
 物で海外逃亡を計らうとしたら。

「分かりマシタ…」

 …取り敢えずシグザウエルで許してくれるだろうか…。

 切山はもうなるようになっちまえと、泣きそうな気持ちでシグザウエルを見せた。

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