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切山という若い男は、日向が住む高層マンションに着いてから、やたらと落ち着きがないように感じた。
二重のオートロックの番号を入れ、白い大理石やら噴水やらがある1階のロビーから、全面鏡のようなエレベーターに乗るなり切山は日向に切り出した。
「あの…」
「なんだ」
「案外、まともですね…」
どういった意味かいまいちわからなかった日向は、返事をどう返そうか考えもせず、「ああ」とだけ答えた。
この若い男、切山誠はどうやら人生を流れで生きるらしいと、日向は昼間の、仕事で知った。
初対面だが致し方なく、闇金融に立ち寄ったら名簿に名前と住所はあったのだが、職歴やらなんやら、色々不審に思い、切山の身辺を調べてもらえば、何にも引っ掛からなかったようだ。
つまりは、この世に存在しないはずの人物である。それに興味を持ち連れて来たはいいが、まさかこんなにあっさりと、殺し屋である日向に着いてくるとは、日向自身も思っていなかった。
いずれにしても、着いてこなければ身元不明のまま、切山はきっと、流れで入ったという闇稼業から抜け出せないままになったはずだ。
これはこの業界では便利な存在である。
ただそれだけで連れ出してみたが、本人には自分のことがどうにも、自覚を持たずにいるように思える。
高層マンションの、10階、日向が住む階に止まり、日向はいつも通りに一番奥の部屋へ向かった。何も言わずとも着いて来る若者に構うことはなく、日向は鍵を開けて部屋に入った。
「うわぁ…」と、感嘆している切山をよそに日向は革靴を脱ぎ、勝手に、と言うのも自宅のような所有物に対しては変な表現だが、切山に構うことなく、日向はいつも通り靴箱の扉を開けて靴をしまう。
壁に扉がついているような、それくらいに広い靴箱だが、日向の靴は3足ほどしかない。あとはそこらに、ハイヒール、ブーツ、男物の革靴もある。
それを眺めて何も言わない切山を置いて先にリビングへ向かう。それに切山は慌てた様子で「お邪魔します」というのが日向には不可解に感じた。
最早お前の事務所になるというのに。
リビングを開ければキッチン、窓の前にあるデスクのパソコンに、もう一人の住居者が方肘をつき、細くも長い足を組み、マウスを握っていた。
柔らかい印象の、少しパーマの取れ掛けた顎下くらい髪に左目の泣き黒子、日本人離れした整った薄顔の、細身な綺麗な人だった。
しかし異風は髪の長さ。今朝、日向が家を出るときは確か肩下だった。その真相は一目瞭然で、そいつの足元、と言うか椅子辺りにその栗色の髪が無造作に散りばめられていた。
日向の同居人、相方の間貴志夏音は、パソコンから目も話さずに「お帰りソウちゃん」と無機質に言った。
後ろにいた切山同様、日向も唖然とした。
なんだその散りばめられた髪は。
同居人間貴志は、こうしてよくわからないことをしれっと涼しい顔でやってのけてしまう。
「あソウちゃん、プリン作ってあるから食って良いよ」
声を聞けば、なるほど男性。しかし見映えが。
「…夏音、お前どうしたその髪。性欲強そうな女の読者モデルみたいになってんぞ」
「あぁ、切った」
わかるわ。
見てわかるわ。
そして。
間貴志が着ている肩出ちゃってる白い毛糸の萌え袖セーターにも見覚えがある。
お前が着るとそうなるのかと日向は変な着眼点。しかし日向にはズレているという自覚がない。
「しかもそれ」
「あー、うん。ソウちゃんのセーター、こんなとこで役に立ったよ。捨てるに捨てられなかったからさぁ」
「別に良いけど」
趣味だし。
「けどソウちゃん、ちょっとデカいよこれ俺にはー」
「ああ、そう」
「あの…」
どうにもプライベートに置いていかれそうになった切山が漸く声を発すれば「んん?」と、薄顔、というか女顔の、なんだか綺麗だが性格がヤバそうなダルダルパーマが漸く日向と切山を見た。
そして薄眉を少し潜め「えっ、」と間貴志が言った。仕方なく日向は、「例のやつだよ夏音」と溜め息を吐いた。
「何、何怖い誰」
「いやこれから使うことになった」
「何を?何を?え?なにお前そんな趣味なのねぇ、使うって何っ」
「いやだから、仕事に」
「は?は?」
物凄くパニックのような早口。かなり動揺してるのは最早俺なんだけどと切山はぼんやり思った。
「新しい仲間だ」
「何ソレ誰ソレ何故」
「外人に戻ってるぞお前。髪はどうしたんだ」
「切ったって!見てわかんないの!?」
「なんだよ俺はお前の彼氏かよそのセリフ。彼氏じゃなくても気付くだろうどうしたその髪!」
「あの、ひゅ、日向さん、俺置いていかれてます」
「いや待っていま急に立て込んだ」
「だからその子は誰なのソウちゃん!」
めんどくせぇ。
切山は最早着いて来たことに漸く後悔を持った。
なんだこの状況は。そもそも俺は何してるんだ。
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