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帰って来て早速、始めに牛脂で鶏肉をある程度まで焼き砂糖を入れる中川さんに、「関西では鶏肉なんですか?」と聞きながら僕は野菜を洗って切っていった。
「あ、いえ。これは違うのよ」
そう言って少し間を置いた中川さんは、「これはゆずさんがね、」と語り始める。
「…ここに来た当初、お肉が食べられなくてね」
「え、そんな」
「うん、鶏肉は大丈夫で…まぁ、お育ちの環境の違い、だったみたいで。いざすき焼きというときに、先代が鶏肉を入れて差し上げたの」
「…なるほど…」
「そうやって慣れて貰ったんだけど、美味しいと喜んでくれたから、いまでもこうして入れてるのよ。ビックリしたわ。最初は全然で、どうしたものかと考えてね。
いまは全然脱教してるんだけど、それでも、小さい頃のって不意に出ちゃうものでしょ」
然り気無く出た、脱教という言葉。
僕は先日のコロッケを思い出した。
「…コロッケ、そういえば…」
そして次に牛肉を入れながら「気付いた?」と中川さんは聞いてくる。
「そう。ちょっとしたものに入っているとビックリされてしまうかなって…私の勝手な考えなんだけども」
「…中川さんは…その、いつ頃からこちらに?」
牛肉はさっと焼き、そして醤油が投入される。
「いつ…先代の奥さまが旦那様を身籠ったときに、先代が雇ってくれたの。私はそれまで産婆の見習いをやっていてね。私の母が産婆だったからと…」
「そうだったんですね」
そしてすぐに、僕が洗って切った春菊、それからネギ、白菜が投入されていった。
「……まぁ、だから34年かしらね。先代の奥さまにお料理を教えたりして。奥さまはとても聡明な方で、すぐに覚えたのよ。よく二人で作ったわ。すき焼きは奥さまが教えてくれたんだけどね。だから、美味しいよ」
「楽しみです」
「関東のも教えてみたりして。鶏肉はこっちの方が美味しいと、こっちになったけどね」
「…ゆずさんは、いくつぐらいからこちらに?」
「あぁ、」
ふと中川さんは遠く、切ない目をした。
「…小学校の…4年生だった。うん、今でも覚えてる。その時奥さまは肉じゃがをお裾分けに行ったんだけどね。あれも、関東は豚肉だけど、関西は牛肉で、こっちとは違う、お出汁の利いた味付けだったから」
…複雑だろう部分はそうやって転換された。
やはり、親戚というよりは少しだけ遠い、感じていた違和感が形になっていく、彼は先生とはきっと血の繋がりもない人なんだ。
僕にはそれ以上言及することが出来なかった。
すき焼きが出来、中川さんは「私もお花が見たい」と言って二人で二人を呼びに行った。
書斎には見事に活けられた先程の花達と、ゆずさんが向かい合っていた。先生は斜め後ろで正座をしている。
それは、神聖な雰囲気。
振り向いたゆずさんに中川さんが「まぁ素敵!」とはしゃぎ、それにゆずさんは花瓶を渡していた。
「あらまぁ、これはどちらにしましょう」
ゆずさんが手で「中川さんに」とやるのだから「ありがとうございますぅ!」と中川さんは喜んでいた。
僕にもその場で花瓶をくれて、「すき焼きが出来ましたよ」と、言ってはすぐにまず僕たちは部屋に花を飾りに戻り、それから関西のすき焼きを食べた。
それは僕が知っているすき焼きよりも甘く、確かに鶏肉とも相性がよかった。
そうはいってもゆずさんは牛肉も食べるらしかった。しかし、言われてみれば野菜の方が多くて、たまに旦那様が肉をよそってあげたりと、そんな姿は素直に……羨ましく思えて。
徐々に、徐々にそうやって僕も打ち解け、だからこそより…色々な感情が沸いた。僕はきっとこの環境が好きなのだ。どこか…正直に言えば「余所者かもしれない」という気持ちが、遥かに薄れていくようで。
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