12
初めて僕の感情に、もう少し違った…暖かいものが沸いた。
もっと、もっとという追求心で僕はその日は絶対にだろうと夜長を待った。
やはり、戸が開く音に耳をそばだて、けれども、という寂しい理性が却って手伝ったのかもしれない。
外れてしまったとしか言いようがなかった。
僕は部屋や、木陰、岩陰では飽き足らず、最早すぐ側の縁側に身を潜めた。
もっと、この感情を追求したい。
…と言うのは唯一打ち立てた言い訳じみる論であることすら、僕の中ではそわそわした中のほんの一部でしかなく。
『…お疲れ様でした』
…間近で聞いて初めて知る。
ゆずさんの声はゆっくりと、穏やかで凪ぐような、低い女性のような、喉の奥から出されるものだったのだ。
『うん』
かさこそと音がする。
影はぼんやりと、二人が側に寄る姿を映す。
『…このところ体調はどうだ』
そして見つめ合う、影。
それはきっと濃厚な理性なんだろうか。
『…えぇ、』
先生の頭を緩く抱えて口付けをしたのはゆずさんからだった。
二人はそれから当たり前に寝転び『待っていたのか』と、するする、それは始まっていくけど。
『いつも待たせているね、』
『…来てくれると、わかってますから』
『でも、いつもは我慢するだろ』
『そうでない日もありますよ』
酷く、穏やかで。
「お疲れでしょう、」と、彼が先生の足元へ踞ったことに僕は驚いたが、先生も切な気と意外さに「ゆず、」と髪を撫でている。
先生の足に隠れたそれはいま僕の目の前で起きていた。
『…、ゆず、』
二人は、しかしあまり言葉を交わさないらしい。
その間が遣いだけを、伝えてくる。
少しの間そうなって、そのうち先生が手を伸ばす、それも目の前で起きていて。
思った以上に僕には刺激が強かった。
こんなに間近で自分が見ているくせに目を反らしてしまう、池の水の音より鼓動が早く、僅かに漏れ聞こえる切な気なゆずさんの、嗚咽に近い短い喉元の声に、僕の頭は確実に血を滾らせていた。
待って……、ん?という甘い会話がそれだけで濃厚で、骨が軋むような音すらするようで。
はっと影が動き恐る恐る見れば、ゆずさんが立ち、先生の上でなんとか、動けもせずにいる衝撃に僕は釘付けになった。
「…旦那様っ、」
ん?と良いながら頬に手を伸ばすその先生の手に手を重ねて深く息を吐いたゆずさんの熱さと、
「ねぇ…、旦那様、」
「…ゆず。
ちゃんとここにいるよ」
…優しく穏やかな先生の声。
何故か、何故か、汗ではないだろう、ゆずさんの目元あたりを拭った先生に「…かずあきくん、」という掠れて濡れた声。
「うん、ちゃんと来るから」
……そう言って起き上がり抱き締めた先生に「あぁっ、」と少し捻ったゆずさんを眺めて、僕の熱さは性欲から急速に、締め付けられる胸の痛みに変わっていった。
「…絶対に、迎えに行くって…決めてるからっ、」
「ぅん…、」
「大丈夫、……泣くな、」
……僕は一体何を過信していたのだろうか、
暫くそうして、ゆっくりと濃厚に始まった二人の行為に、確かに僕の身体は反応さえあった、けれど終わらなくても勝手に脱力や切なさや…美しさに、とてつもない敗北感を得る。
奪おうとか、越えてみようとか、僕ならばだなんて、なんて安易で甘い感情を抱いていたのだろうと、今すぐ深い溜め息を吐きたくなったがグッとこらえ、見守ることも出来ずに脱力で部屋まで戻る。
すぐに障子から背を向け、僕は身を縮こめる。熱はガタガタ震える涙で発散してしまった。
心に刺さった物が息を止めに掛かる。
…僕は酷く汚い。彼らの中で蚊帳の外でしかなかったというのに。
知りたくなかった。彼らがどんな気持ちだろうかと思えば、なんであの行為すら切なさがあるのだろうか。
瞬時に感じ取ったなんとも言えないその窮屈な二人の世界に、けれど素晴らしく幸せな優しさも備わっていたんだと、僕はそれと同時に、まるで開き直るような解放感に近いもので、そうだ貴方達が良いんだろうと、その痛くて暖かい気持ちが広がり、結局寝てしまった。
後にこのときの気持ちの理由を僕が知ることになるのは、わりと早い未来だった。
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