無色透明色彩


5


気が付いたら、見慣れた白い天井が目についた。

「あ、起きた」

降ってきた声の方を見ると、あのマスク長身が隣に座っていた。昨日と違って白衣を来ていないせいか、ラフに感じる。

どうなってんだ。

「喜多ー、起きたー」
「はいはい」

呼ばれて喜多先生が診察室の奥から出てきた。

「え…?」
「意識ある?」
「はい、あの…」
「何か廊下で伸びてたらしいよ?鶇ちゃんがここまでおぶってきた」
「へ!?」

なにそれ。てかツグミちゃん誰…。

あ、そっか。この人そう言えば呼ばれてた。

「その呼び方やめろって何回言ったらわかるの?物覚えが悪いねぇ、お前」
「だって可愛いじゃん」
「うるさい。だから、嫌っつってんじゃん…」
「はいはい。なんで伸びてたかとか覚えてる?」
「いや…。伸びてたのすら知りませんでした…」
「びっくりしたよ。仕事終わったし帰ろうかなとか思ったら突然ガタガタってここ開いてさ、「これ拾ったー」とか言って君を背負った鶇ちゃん入ってくるわけ。あれどーゆーこと?」

どうやら喜多先生もあまりよくわかっていないらしい。

「んとね」と言ってマスク長身が話す内容を聞いてみると、演奏が終わったあと長身は私をちょっと飲みに誘おうかなと思い、受付に聞いてみたら私は控室じゃないかと言われ、その場で話を通して会いに来ようととしたらしい。

控え室の部屋番まで聞いて向かったら、廊下でうつ伏せになってる私を発見。ここまで背負って来たらしい。

「え、てか…」

なんでそんな発見が早かったのだろう。終わって速効で控え室へ向かったんだけどな。てか、何でこの人あっさり控え室へ通されたんだろう…。大体リサイタルの後なんてお客さんが大変なことになるから誰も入れないはずなんだけど…。

「でも思い返せば…」

疑問の人物はぼんやりと語り出す。

「あんたちょっと演奏後くらっと来たでしょ?」
「え?」
「覚えてない?なんとなくそう見えたけど」

正直あんまり覚えていない。と言うか…。

「観に来てくれてたんですか?」
「え?うん」

チケット、あったんだ。10日ほど前に完売したと聞いたのだけど。

「結局行ったんだ。葛西くんちょっとずるしたんでしょ?」
「やだなぁ、ずるじゃないよ。ちょっと譲ってもらったんだよ」
「へぇ?」
「お前んとこの|高瀬《たかせ》くんがさ、持ってたから研究資料と交換しただけ」
「うわぁ…相変わらずの最低だね」
「お前ほどじゃないでしょ」

いや、わりかし最低だと思う。

「まぁ…観に来てくれてありがとうございます。あの…ずっと疑問だったことを聞いてもいいですか?」
「え?俺に?」
「はい、あなたに。
あなた一体何者なのですか?」

私がそう言った瞬間、喜多先生もマスク長身も一瞬黙った。
そして二人とも同時に爆笑したのだった。

「まぁ、そうだよね。鶇は顔出す職業じゃない…ふっ…ははははは!」
「あんたどこの誰かも分かんないやつに助けられちゃったわけ!?」

なんかそんなにバカにされるとムカつくな。

「でも確かに鶇ちゃんも悪いよね。だって名乗ってないじゃん」
「そうですよ」

私が喜多先生に、不機嫌さを出して同調すると、長身は少し考えている様な顔でぶっきらぼうに答えた。

「葛西…鶇」
「葛西さん、ですね。その件はご迷惑を掛けました」

3秒くらいの沈黙の後、「え、それだけ?」と言う喜多先生と、「どういたしまして」とまたぶっきらぼうに言う|葛西《かさい》|鶇《つぐみ》さん。

「櫻井さん、知らない?」
「え?何をです?」
「喜多、うるさいよ。俺がそーゆーの嫌いなの知ってるでしょ?」

葛西さんは喜多先生を睨み付けた。その眼光はいままでの穏やかさの一切を蹴散らし、まるで鋭い刃物のような物、つまりは本気の不機嫌へと変わった。

ころころと表情が変わる人だなぁ。

「わかったよ。君のその顔綺麗だけど嫌いだなぁ」
「気持ち悪いこと言うな」
「はいはい」

だがどうやら喜多先生は葛西さんには慣れているようだ。相変わらずの紳士笑顔で対応。

「それより喜多、お前今日何処方したの?」
「え、コデイン。肺の方はほぼ大丈夫だったから。
この子、気管支弱いんだよねー」
「…漢方の方がいいかも。
“取り扱い注意”はコデインとちょっと相性よくないのかもね」

そう言って葛西さんは右手を喜多先生に出した。喜多先生は慣れたように注射器と昨日の処方薬2種と、何かの薬品を渡した。

そして葛西さんは何やら真剣にそれぞれを混ぜ始め、神妙な顔つきで見ている。

「で、確かこの子がRH-だよね」

そう言って空の注射器を喜多先生に渡すと、喜多先生は当たり前のように葛西さんの血を少し採取。葛西さんはそっぽ向いて、「終わった?早くしてよね」とイライラしたように言った。

「はいはい。どうぞ」

そう言って喜多先生は葛西さんに血液を渡すと、葛西さんはそれを先ほどの色々混ぜた薬品に一滴垂らした。

「お前なんでこんなに血抜いたの」
「余ったら使うから」
「死ね変態医者」
「いや君も同じくらいに変人だから」

確かにそれは俺も感じていた。先ほどからこの二人のやり取りを見ていることに恐怖を感じ始めている。

「あー、ほらやっぱり。
これは論文追加だねぇ。俺としたことが効率の悪いことしたよ」
「ホントだ。わかった、櫻井さん、君、三日ぐらい薬出すから」

漸く私の存在を思い出したらしい。しかし私にはさっぱりわからないまま何かが決まってしまったようだった。

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