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いままで喜多先生に対してなんの不信感も抱かなかった自分が疑問だ。一概には言えない。なんせいま目の前に相当な変人がいるから。そのせいで喜多先生もおかしく見えるのかもしれないが…。
あれから私は漢方を貰い、なぜか分からないが変人二人と飲みに来ている。
どうやら二人は思った以上に仲が良いらしい。二人で仕事の愚痴を言い合ってる。
「ほんっとさぁ、なんなのあの老いぼれ。新薬開発とか言って人の血バンバンとりやがって。ヒ素でもぶっ刺してやろうかと思っちゃうよね」
「それ鶇が言うとあんまり冗談になってないから!」
「コーヒーに0.01づつぐらい入れたら何年で死ぬかって実験よくない?次の論文それで書いてやろーかな」
「不謹慎すぎるよ!」
とか言いつつ喜多先生が相変わらず紳士笑顔なのも最早胡散臭い。恐怖を越えてしまった気がしてならない。
二人で盛り上がっててあまりに暇だから試しに葛西鶇で検索してみた。
驚くべき検査結果が出てきた。
「えぇっ」
驚きが口から出てしまった。それを聞いて二人は一斉に「どしたの?」と聞いてきた。
「葛西さん…貴方…」
最年少ノーベル科学賞受賞者って…。
大学のホームページにでかでかと書かれていたのは、“天才学者 葛西鶇の功績”だった。
「あー、これね。つーか書くなってあれほど言ったのに…」
「え、いや、凄いじゃないですか」
「何が?」
「そうだよ、鶇ちゃんこんなんでも何気に凄いんだよ」
「別に大したこと…」
「大したことだよ。これで人が救われるかも知れないんだから」
そう言うと葛西さんは黙り込んでしまった。マスクで表情が見えない。よく考えたらこの人一回もマスク取ってないな。何も口にしてないし。
「そんなんで人が救えたら、世の中もっと平和でしょ」
そう言われると喜多先生は黙ってしまった。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
その沈黙に耐えられなくなったのか、葛西さんは席を立った。
その背中をぼんやりと見つめる喜多先生。
「鶇ちゃんってさ」
「はい?」
「綺麗だよね〜」
なんかのろけた彼氏みたいな喜多先生の物言いに、反応を失った。
「顔もそうだけどさー、中身も綺麗なヤツなんだよ」
「あのう…」
「ん?」
昨日そう言えば葛西さんはこの人を色眼鏡と言っていた。確かにそんな風に見えてしまう。
「喜多先生、あの人にペース乱されてません?」
それとも本当は変態だったのかな。
「そりゃぁ乱れるよ。久しぶりに一緒に仕事してるからね」
「仲良いですね」
「そうだね」
確かに昨日から、なんだかんだで嬉しそうだ。
「まぁ、嫌にはなるけどね。あぁ、届かないなぁってさ。最初は同じくらいだったんだけどなぁ」
「長いんですか?」
「ほどほどにね」
なんだかこの二人、変な関係だなぁ。あんまり見えてこないからかな。
「でも彼は…」
それだけ言って喜多先生はタバコを吸い始めた。それがなんとなく切なそうに見えるのは、急に真顔になったからだろうか。
「俺は彼の純粋さには届かない」
「まぁ、喜多先生、腹黒いですよね」
そう私が真実を告げれば、また紳士笑顔に戻り、「そうかなぁ?」とおどけたように喜多先生は言った。
「俺がいない間に随分楽しそうじゃない」
帰ってきた人が一瞬誰だかわからなかった。それはそれは美男子で、最早はっとしてしまった。
それ一番ずるい設定。
「はっはっは、鶇ちゃん、びっくりしてるよ櫻井さん」
あ、やっぱりそうだよね。服装とか声のトーンとかね。てか…
「え、えぇぇ!」
なるほどマスク取ったんだとかそんなことは置いておいて、なにこいつ。
普通に喜多先生の隣に座った。私の前に来られてもちょっと困っちゃうけど。
「なんで驚いてんのこの子」
「トレードマークがないから」
葛西さんは構わずポケットからタバコを取り出して吸い始めた。様になってる。なんなのこの人。思わず凝視してしまう。いくらなんでも整いすぎだろ。
「やっぱ綺麗だよね鶇ちゃん」
「何が?」
綺麗なんてもんじゃない。生きたお人形さんだよ最早。
葛西さんはここに入ってやっとお酒を頼んだ。なんか外国のビールだ。
「ピアノくんさ」
ふと目が合って言われたので一瞬反応に遅れ、「はぇ?」とか変な返事を返してしまった。
「ピアノくん…」
喜多先生なんてツボ入ってるし。
「櫻井さんっ、女子だけどっ…」
「え、マジ?」
喜多先生の切れ切れな誤解解きに、葛西さんはポカンとしていた。
まぁよく間違えられますけどね。ショートカットで衣装のサイズがなくて(女子のなかでは背が高い方なので)間違えられちゃいますけどね。ちっぱいだし。女にしては声低めだし。
その見た目を利用して本名の『|櫻井《さくらい》|詩子《うたこ》』を文字って『櫻井詠司』にしたんだし。
「…それは失礼しました」
「まぁいいですよ。
で、何ですか?」
「あぁ…。
曲弾いてるときってなに考えてるの?」
「え?」
そう言われると、なに考えてるんだろう。
「多分何も考えてないです」
「へぇ…」
葛西さんは目を細めて私を見る。
「やっぱ、あんた面白いね」
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