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寺には、10人と少し程しかいない。
故に僧位というのもそれほど成立はしていなかったが、壮士は所謂法眼和上位くらいには相当するだろうか。
いまのところ“和尚”と言って差し支えなく機能しているのは間違いなく壮士だ。
その壮士が別所に寺を、一から構えるような姿勢を見せた。
あとは、どういった方針で壮士が出るのかによって朱鷺貴は対応を決めようかと考えたが、一応は“法橋上人位”の…大律士のようなものを勤めているだろうか、自分は。
だとすればやはり全員面談をし全てを伝えるのがいいだろう。
ざっくりと、こういった上下関係を考えれば仕事といっても、杞憂には終わるかもしれない。
これは各々、“考える”という良い機会にもなりそうだ、そういった対立を作ることが出来た。
事実上、誰がどうしても本当はどうでもよく、目標など「寺閉め」以外になかったが、壮士の察しは流石、幹斎の一番弟子だなと感心する。
つまり壮士がここを「出る」という解釈は、人様から見たら「分派」のように映るだろう。
やはり、ならば自分程度が「反対的に残る」という立場に置かれれば…突っ掛かりもなさそうな気がする。
寺自体がそもそも、時代に合っていないのだ。いや、不動だからこその“神聖”なのかもしれないが。
例えば…そう、悠蝉のように、“志士となる”と寺を降りる若者がいても不思議ではないだろう。
檀家も、生憎自分で受け持ったところは僅か17年…そうか、意外にちゃんとやってきたが若輩な方、件数で見てもそれほど多くもないし、そもそも、墓守が初めからいないような、そんな寂しい場所だって沢山ある。
代替わり、と称して回った際に、そこは整理されていた。
これも個々が「法師」としての体を取り檀家を抱えたままここを出て行くのなら、恐らく管理は問題ないが、その体を受け入れてくれる寺がどれ程あるかというのはわからない。
が、いずれにせよ僅かばかりだろう。
盆明け少しの休みの間、朱鷺貴は墓の数やらを整理した。
檀家がない無縁の墓石を、どこに頼もうかという頭もあった。
まぁ、自分でも良い。この際。誰かが経を読めば良いのだから。無理に永代供養としなくても。
これから個々の受け入れ先の宗派、寺体制の問題でもし、永代供養をと条件が付くとしたら。暫くは経を読み散らかす生活になるかもしれないな。
最初の設定はこう立てておいた。元々わりと大雑把な性格なのだ。
朝から真顔で静かに仕事を始めた朱鷺貴の様は、経を読むときのそれと変わらないと感じた。
「…」
ならば、静かに部屋から出てもこの集中力だ、気付かないかもしれないなと翡翠は起き出したが、あっさり「おい」と声が掛かってしまった。
まさか翌日からこうも、普通そうに起きてくる翡翠を予想しなかったわけではなかったが、実は一番引っ掛かっている要因だった。
藤嶋からひっそりと手癖で貰ってきた赤い薬を傷に塗っていた翡翠は、少し気まずく「はい」と返事をした。
「…その赤いのはなんだ?一体」
「あぁ…えぇ、痛み止めというか軟膏です」
本当は強めの麻酔薬です、とも言えず。
昨日の今日では痛いのだ。
ただ朱鷺貴も集中しているのか、少し疑問そうに「ふうん……」と言ってはまた帳簿に向き直る。
戦国時代の金創医であればまだしも、いくら藤嶋とはいえ、流石に地黄程の高価な治療薬は持ち合わせていなかった。これは痛みを誤魔化すしかない。
しかし…この薬は思い出す。藤と百舌を入れた幼い日を。これでも効かなかったのだから、この傷より相当酷かったのだな、と、こんな瞬間に俯瞰した。
ふと、また朱鷺貴が振り向き「酒か茶はいるか」と気を遣う。
「いえ、大事ない。少ししたら治りますから」
「……無理せんでも」
「動いてないと鈍るんですよ、身体が。
何より、墨の方が効かんかったしね。この薬、はったりかと思うてたくらいです」
「…そうなん?」
声色が上がった。
どうやら興味を持たせてしまったらしい。
うわ、なんだか間違えたなと思いつつ「通仙散言う薬で」と、仕方なく喋ることにする。
「それは、漢方か?」
「いえ、少し違いますね。日本由来で…彼岸花なんかを使うようです」
「なるほど、有り難そうだが…あれって、毒があるだろ?」
「毒も使い用やね。
まぁ、無理はしませんよ。痛みもあらへんし、処置もよかったようです。あん人ああ見えて、わての師範みたいなもんなんで。
血もまぁ、止まりましたし。香炉磨きでもしますよ」
「…まぁ、そうだな…」
黙ってしまった朱鷺貴に、「何かお手伝いはありますか?」と、敢えて話題を外しておいた。
「いや…まだ…強いて言うなら小姓やらなんやらに少し雑談でも。これから面談しようという腹だ」
少し溜め息が出るほど、確かに重役ではあるようだ。
「…わかりました。
これから忙しいですね」
言及もやめた。
朱鷺貴自身が思っているよりきっと、難しいわけではないのでは、と思う、本当は。
それはきっと、“考えるきっかけ”だ。
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