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「もうなんだか、私たちなんなんだろって感じで」

 ふいにスマホの画面が眼前に現れる。
 はっとした。

 背景はファンシーな、柔らかい色合いで水玉。
 そこに浮かぶ緑の吹き出し、「今日遅くなる〜(T0T)」「マジ残業」というプライベートな文言に、今度は当人の顔を眺めた。

 パッと見、こいついつもより目蓋がキラキラしてるな、とは思った。ついでに爪もキラキラデコレーションだ、華美ではないけれど。

「…残業?」
「ええ」
「そうだっけ」
「いや、だから違うんですって!」

 くるくる巻き髪、そういえばいつも見ないタイプの…なんだか大人っぽい、襟元というか胸元がフリフリなブラウス、それがぷりぷりと憤慨しているようだ。

「……あぁ、今日なんか色気付いてんなナツミちゃん」
「そう!そうでしょ!この先輩ですら気付きますよねっ!!!」

 後輩、諏訪スワ奈津美ナツミはスマホを下げ、乗り上げていたのを座り直す。

 …えっと、なんの話だっけ。

「うん…まぁよく見れば露骨に」

 なんの話しに発展したんだっけか、そう、いま昼飯を後輩に奢ってやっている、それはふと、「あぁ、貸して」と自分がこの女のデスクの背後に立ったことから始まる。

「ヤッダびっくりした近い近い近い!抱きつかれるかと思いますから瀬戸さんあっはっはっは!」

 と言われたお陰でなんか、雰囲気が悪くなって……なく、礼をしようと今に至るのだ。

 そう、それから「瀬戸さんってなんか、パーソナルスペース的なやつヤバイっすよね」とか言われ…。

「…えっと」

 いや、それにしたって意味がわからない。彼氏の愚痴だった気がする、確か。
 いや、愚痴なのか?ていうか彼氏なのか?あれ、なんなんだっけ、一体。

「この鈍感メガネ先輩が気付くのにあの男なんっっで私のことに気が付かないの全く!!!」

 愚痴だったのはどうやら確定したようだ。

「……つまり?」
「いや、どー考えてもこれ私、浮気しますよね!見ればわかりますよね普通!」
「あぁ…理解出来たような。いや、彼氏はこの会社がストレスフリーノー残業を謳ってるって知って」
「彼氏じゃないですよっっ!これはもう、セフレじゃないですかっ!」

 くっ、と息を飲みながら「なるほどね…」と修介は考えた。

「えっと、つまり…なんと言うか「私、浮気しちゃうけどいいの?」みたいなことでいいのかな?コレは」
「いえ、私はもう少し欲張りますよ、『一周して構って欲しいんだな』ってところまで求めますよ!」
「肉食だな、それかなりの高等コミュテクだわ」

 …なるほど彼女がいま相当に虚しく餓えているのはわかった。

「しかし、そこまで求めるかねえ、そんなにそいつ、素っ気ないの?」
「いえ、少しでいいんですよ、少しで。ちょーっと「なんか今日違うね」って一言があれば」
「う〜ん、男はそんな考えねぇよ?多分」
「それなんですよ!」
「う〜ん。はっきり言っていい?」
「はい、」
「そんな難しいことまで求められたら、正直恋人でなくてもいずれ嫌になるな。それ気ぃ張りっぱなしだもん」
「はぁ〜っ!有難う御座います、それ聞きたかった〜っ!!」

 …ここまで来るといっそ気持ちが良いな。意味不明だけど。

「いや〜、これは良くないよな、うーん凄くめんどくさいよなってハッキリ叱咤されたくてぇ。あ〜よかった、瀬戸さんならそう言ってくれるかなって調整取りたかったんですぅ」
「…高等テクだなおい。うーん、なるほどね。病んでるな〜ナツミちゃん」
「も〜だぁってぇ!」

 ドMかよ。

 …いや、まぁわからなくもないが。何故かはわからないが朝の、春夏のなんとも言えない表情が浮かんだ。

「まぁ、そうだなぁ。あんまやると麻痺もするしなぁ。これは初めて?」
「そーですよ?思い切りすぎて不安で仕方ないです今」
「なるほど〜…、俺、これは彼氏君、言及しないのが正しい気がするわ。こんなんで喧嘩になったらすげぇ最悪だよマジで」
「うぅ〜っ、ですよねぇ、でも、ちょっと見たかったんですよあいつがなんて言うのか!」
「そんな構われてないわけ?」
「いや…うーんなんというか、半同性なんで…あっちが来たいから家には来てるんですけどね、ただ、だからこそというか…」

 なるほど、そんな悩みも世の中あるのか。
 彼女は少し俯いた。

「なんか…セックスだけで来てたりして?とか思うことはあるわけですよ…いや、お出掛けっていうかデートっていうか?もしますしご飯も一緒に食べますし一緒に寝ますしお風呂も入りますけど、こうやってメールはなんか素っ気ないし…ぶっちゃけ私も良い歳だからそろそろ…なんで一緒に住もうとか、ないわけって…」
「…一緒にいてどれくらいなの?」
「3ヶ月です」
「う〜ん」

 てゆうかなんでこんな話をしているんだ。

「…これって恋人やれてますかね?」
「恋人…」

 そもそも…。
 自分にはいまいち定義がわからないんだが、なんせパーソナルスペース的なやつヤバイ奴だから。そして君が恋人として求めたその定義、ある程度ウチに当てはまってるわけだから。

「やっぱり求めすぎですかね」
「いや…わっかんねーな…」
「ですよねー…」

 非常に微妙な空気になってしまったので「あのさ、」と試しに聞いてみることにする。

「求める物の違和感とか違いって、感じることあるじゃん?」
「はい今まさしく」
「それってなんで?」
「え?」
「いや、何がきっかけなんかなーと……やっぱり“恋人”と自分で定義しているからなのかなとか、ちょっと気になったんだけど。例えば友達とセフレと恋人と夫婦の違い的な」
「あー…」

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