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「帰ります」
母の背後に言い返して僕は踵を返す。「榮、」母が僕を嗜める僕の呼称。けれども切ない声とぱたぱたとした足音。
だからそれも嫌なんだよ。僕らは乞食のようだと、差別をされる謂われなんてない筈じゃないか。
そうも言えないこの、歯をむず痒く感じる僕自信も、自意識過剰なんだろうけど。
「榮!」
こう怒る母の少し湿る声には振り向いた。母は泣きそうに僕を叱る。
だから、それが嫌なんだよ母さん。
けど僕は言うんだ、「コンビニ寄ってくる」と。
「意味わかんないんだけど、帰る」
母が歯なのか唇を噛み締めるだって見えるのに。わかってるから僕はきっと最低だ。全てに背中を向けてタバコを出した。
空は重い雲模様。紫煙は白く延びて行く様。
正直、上手く吸ったかわからないけど、煙に噎せそうにはなった。だけど何事もなく見えるよう、ヒラヒラとタバコを持った左手で紫煙を振り撒くんだ。
それでも強く泣きそうな空へ伸びた線香に、悪いことだとは思わない。ただ、少し肺に染みる。すぐに火が消えてしまったのは、そういうことだと理解した。
だが、特にコンビニなんて用事はないな。
ぼんやり、またコンビニに寄り仕方のないとテキトーに小さいボトルのミルクティを買う。
あぁそうだ新井さんにこれを返そうと思ったんだった。
思い出してタバコを見せ、「これください」と今度はロシア系の店員に言う。
片言日本語はOK。陽気な雰囲気で僕は会計を済ませた。
コンビニから向かって左、僕はそのまま新井家の式場に向かった。探す、と言うよりもほとんどコンビニの目の前に出ていた看板は、確かに左を指していた。
3分くらい歩けばすぐに「新井家式場《アライケシキジョウ》」に辿り着けのだが。
式場の入り口付近で僕はやっぱり、立ち止まってしまうが、受付の女性と目が合ってしまった。相手も僕の存在に気付いたらしい。僕は躊躇いながらも式場、敷地に足を踏み入れた。
来てしまったからには、仕方のない。
一人の若い男性が僕に頭を下げる。
皆、どこか染みっ垂れた黒の、この空のような雰囲気。葬式なんてどこもそうなんだ。
「この度はお忙しい中、ご参列者頂きありがとうございます。
お名前のご記帳をお願い致します」
と記帳場で言われてしまったが、僕はそもそもこの“新井《アライ》さん”は知らない人だ。
かなり、気まずい。
多分、相手方にはそんな僕が頼りなく見えるだろうと予想が出来る。
「お、お悔やみを申し上げます…」
すら微妙に噛み噛みになってしまった。
名前を記帳すべきなのか、どうなのか。関係者ですらない僕。
名簿のペンを手にして考える。
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