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「で?その依頼とやらはいつ行くんだ?」
「明後日の夜立とうかな」
「どこなの?」
「長野。2泊くらいするかもな」
「わかった」
酒を煽りながら陽輝は楽しそうに言う。
「今回はいいのありそうだ。龍頭は明後日持ってくるよ」
それから依頼の仕事の打ち合わせをしながら二人で一升瓶を開けた。特に話が盛り上がるわけでもない。
ふと、紫苑は帯から金色の懐中時計を取り出した。こちらもエポスのスケルトン。だがハンターケースではなく、クォーツ式だ。まさしくエポスの代表とも言えるような時計。この時計は、元々は紫苑の祖父の物だった。
「直る間はこれでも使ってろ」
「うん…さんきゅ」
薄らと笑うその姿に、酒が汗ばむ。紫苑は美形だ。すくなくとも陽輝にはそう見える。
「なんだよ。風呂でも入ってこい。さっき沸かした」
「あぁ…ありがとう」
少し考え事をしよう。そう思って言われた通り、一人風呂に向かった。
思えばこうしてここにいてこんな風に付き合っていけているのは不思議だ。あの時計を見るといつも思う。
離れている日はあんまり気にならない。なのに、逢うと嬉しさと同じくらいに辛くなる。自分達はあれから10年近くも、前に進めていない気がする。
言えば楽だ。だか、言い表せないのが感情だ。
ぬるま湯に浸かる体が少し冷たい。酒の入った体を配慮したのだろうか。そう思うと少し嬉しい。
ふと洗面所に紫苑の気配を感じた。そう言えば着替えもタオルも持ってきていない。
毎回のことながらやれやれと、置いておく。居間に戻って食器を下げているうちに、作業台の上の時計が目についた。
「まだ持ってたの?」 と自分は聞いたが、聞かなくてもわかっていた。多分陽輝は自分が死んで棺桶に入るまで持っているだろう。何せ、形見だから。
自分は不器用だな。だがそれを分かっているのは高梨だけかもしれない。幼なじみというのはある意味厄介だが便利だ。
食器を片付けていると、後ろからふと、手が伸びてきてスポンジを奪われた。筋ばった大きな手。驚いて振り返ると、「あとはやるよ。お前は指を大切にしないとな」と静かに言われた。
「幽霊かと思った」
「失礼な」
「気配くらいあってもいいだろう」
不機嫌そうに軽口を叩いて陽輝の腕からすり抜けた。タオルと着替えを手に風呂場へ行こうとしたとき、「ぼーっとしてんな?溺れんなよ」と言われたが無視をした。
居間から風呂場に向かう途中の渡り廊下の床がひんやりと冷たい。そろそろ雪でも降るだろうか。
明後日の夜立つと言うことは2日間店番を頼まなければならない。幼少から知り合いである金子葵に頼もう。明日あたり野菜を持ってくか。と言うか風呂から上がったら電話しよう。時間的に少し遅いかもしれない。メールにしようか。
風呂に入りながら、明後日までの仕事を頭で整理した。確か修理が4件ほどあった。1件は明々後日取りに来ると言っていたからこれも直して託さなければならない。
少し忙しくなりそうだ。いきなりだったし癪だから温泉にでもついでに連れていって貰おうか。そんなことをぼんやり考えていた。
風呂から上がれば高梨は勝手に布団を敷いていた。寝るにはまだ早いだろう。時刻が気になって一度居間から店先に行き、ありとあらゆる時計を見た。午後の8時。
「不思議だよな。店には時計が腐るほどあるのに」
この家に時計があるのは店先だけだ。
「嫌いなんだよ」
「昔から聞きたかったんだが、何が嫌いなの?」
商売と生活を分けているというのもあるが何より、時間に縛られるのが嫌いだ。時は過ぎ去り、古びていくだけだから。未来を見ないようで少し恐怖を感じるのだ。
じゃぁそんな未来に希望があるのかと言えばそれは別問題で。自分が、人一人が塗り替える時間などたかが知れている。
だけどまるっきり嫌いなわけではない。少し先、少し先の未来や少し前の時間は、12までの数字とその間に敷き詰められた48の点で見ることができる。12まで行けば1にまた戻る。リセットなのかスタートなのか。
「まぁ、嫌いなのもわからなくもないがな」
じゃぁ聞くなと言いたいが別にそれほどでもない。
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