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8時なら、少し遅い。やはりメールにしようと思い出し、一本メールをした。するとすぐに着信があった。ワンコールで電話にでる。
「もしもし」
『もしもし、しぃちゃん?こんばんわ』
少し低めで落ち着いた話し方。聞きなれた声だ。
「遅くに悪いな。少々頼みがある」
そこから経緯を話す。幼馴染みの葵は、『あー、16時くらいには真白と明のお迎えなんだ…』と答える。真白と明は葵の子供だ。双子で共に3歳で、真白が男の子、明が女の子だ。
「あぁ、そしたら迎えに行く頃閉めちゃって良いよ」
『わかった』
「葵ちゃん?」
「そうだよ」
「変わって変わって!」
はしゃぐようにいうので、「なんか高梨が話したいみたいだから変わるね」と言ってケータイを渡した。
「もしもし?葵ちゃん?元気してる?」
『元気だよー。ハルくんは?』
「相変わらずだよー」
『相変わらずしぃちゃんと仲良いね』
「そんなことないんだなー」
ひっそりと紫苑はその場を離れた。居間の方へ向かった。
「暇になったらすぐどっか行っちゃうんだよー」
『あははー。焼きもちやかれたかな、あたし』
「美紗とうまくやってる?」
『うん、ぼちぼち。おたくらくらいにはね』
「そっか」
葵は二人の共通の幼馴染みだ。今も昔もボーイッシュなのでよくかけっこやドッチボールなどして一緒に遊んだ。
そう言えば。
「そう言えばさ、紫苑が言ってたけど、卓郎と一緒に住んでるんだって?」
『そうだよー。最初は美紗に反対されたけどね』
「ふーん…」
卓郎と美紗は高校で知り合った友人だ。高校を卒業したあとも繋がりがあったと知ったのは、ふらっとこの時計屋に三人で表れた時だ。美紗が妊娠したと。
しかしそれはありえない。何故なら美紗と葵は性同一性障害で付き合っていたから。
色々とそれぞれが乗り越えたのだろう。正直ここは心配していた。
「まぁよかったよ…卓郎も美紗ちゃんも元気か?」
『うん、まぁね』
それから少し懐かしい話になり、軽く店番の話をした。
「急にごめんな」
『いつもじゃん。まぁ全然良いよ』
「ありがとな」
『しぃちゃんどっか行っちゃったの?』
「いや、作業大でなんかやってるんじゃないかな」
『そっか。じゃぁこのまま切るね』
「うん、じゃぁね。二人にもよろしく」
そう言って電話を切った。ケータイを返そうと居間から店先を覗くと、やはり作業台に座って時計を直していた。
よく紫苑のじいさんが言っていた。時計ひとつを与えたら紫苑はずっといじってると。誕生日やクリスマスに何が欲しいか聞くと、大体時計に関わるもの、例えばペンチだとか、時計そのものだったりするのだと。あとは大体本が好きなようで、時計に飽きたり学校で時計がいじれない時は本を読んでいた。
一人で何かをしている時間がどうやら好きなようだ。寂しいがそんな時はあまり構わないようにしている。
もしも紫苑がこの家で一人で居たときに何かがあって死んだとしたら。
何日目に誰が気付くんだろうなとふと思った。じいさんですら、倒れていたに気付いたのは発作から5時間後で、作業台で突っ伏して密かに死んでいたのだから。
それを思い出したらなんだか怖くなってもう一度覗いてみた。作業台で突っ伏している。仕方なく近づけば、ぴくりとも動かない。ただ、腕のなかで横向きなので表情は見える。気持ち良さそうだ。微かに肩も上下していて。しばらくその顔を眺めていたが寒さに負けた。
「紫苑、」
声を掛けて頬を摘まむと、一瞬はっとしたが、鬱陶しそうに手ははらわれた。
そのまま陽輝は気まずそうに曖昧に笑って居間の方へ戻った。すぐに物音がして紫苑が着いてきたので、一度振り返り、「気持ち良さそうだったな」と声を掛ける。
「仕事が残ってたからやってたら寝てしまったよ」
「風邪引くなよ、お前すぐ熱出すんだから」
そんな陽輝の気遣いが酷く心地良い。「大丈夫だよ、よくあるから」と薄く笑ったつもりが、かえって心配そうな顔をさせてしまった。
「この時期は寒いだろ?」
「おかげで昔よりは風邪を引かなくなった」
取り敢えず一度立ち止まって紫苑の頭にてを伸ばし、前髪をくしゃっと軽く掴む。
「無理すんなよ」
わからない。そう言う本人はこうして突然予定を入れてくる癖に。
だからと言ってそれが嫌な訳じゃない。今となってはそれが唯一会う理由だから。
陽輝が来るときは必ずなにか仕事を持ってくる。似たような職種である意味同業者のような物だからだろうか、それは頻繁にある。その度に自分は断らない。
今のこの関係は果たしてなんと呼ぶべきなんだろうとふと考えた。幼馴染みよりも仕事仲間に近いのだろうか。
近いようでいて遠い。そんな微妙な距離感をずっと続けている。はっきりと明確にいつからこうなったのかもお互いにわかっているがあまり触れあって干渉できないのも事実だ。
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