4
…結構頭を使ったな…。
喫煙スペースには先に、人事部の同期生、中嶋がいた。
「よお」
「なんか久しぶりだな、中嶋」
中嶋は少し下がった眼鏡を上げ「そうだったかもな」と素っ気なく返してくる。
「どうだ調子は」
「まぁまぁかな」
昇はふと、朝に出会った山城という女の子を思い出した。
「あのさ、」と中嶋に言ったタイミングで「あー!宇田じゃーん!」と、如何にも外回りから帰って来た様子の浦野がやってきて中断した。固めた髪が少しふにゃっふにゃしている。
心境では「げっ」と言いたかったが、浦野が先に「げっ。人事も一緒かよ」と中嶋に言った。
「げっ、てなんだよ。珍しいな浦野も」
「あー今日は一旦返ってこれたわー」
一緒良い?と言いつつ別に許可も得ないまま、浦野はタバコに火をつけた。
「てか!ひっさびさにサトウちゃんから見てこれ、塩飴とレモン飴貰えたんだけどっ!助かるわ〜」
「加東だけどな」と訂正しようとしたが、いや、どうやら朝の、山城の様子からして揶揄じゃなく誤認識だったんだなとも思い、言わないことにした。
「にっかにかしながら『浦野さんお疲れ様です。どうぞ』だってさ!いやー助かる。あの子なんなの、天使なんだけど」
「そうそう、それ聞こうと思ったんだよ宇田。大丈夫そうだな?加東は」
「まぁ。寧ろなんで前がああだったのか気になるくらい」
なんとなく、昇が外回りから企画に移った理由は自分でもわかっている。時期的にタイミングが合ったのもあるが、恐らく加東もその一端だ。
勿論、昇をそちらにまわしたのはこの、人事中嶋な訳だが。
「最近ミスも上がってないな。上手くやれてそうだな」
「うんまーねぇ」
「ねーえ、中嶋さぁん。僕んとこマジで人少ないんだけどサトウちゃんなんてどーお?向いてるわよねぇ?」
「気色悪いな浦野、どうした」
「だってぇ、あの部長ったら、この問題児宇田くんがいなくなった瞬間僕にちょーノルマ課せたのよ?あの人早く移動してくれないかしら中嶋くぅん」
「あー大変だったよな、あれ。情報引き継ぎもしないまま行け!だったもんなぁ」
「宇田が嫌われてるのが原因だよな」
「知らねぇっつーの」
「あらやだあたし知ってますのよ宇田くぅん、貴方外回りで人妻にストーカー食らったじゃない」
「やめろ掘り返すなホントにやめてくれその話…マジで萎えたかんな…」
夏だった。
確かに、自分は最後まで顧客に付き合うタイプではあったのだが。
思い出しただけでげんなり、いや最早恐怖に近い体験だ。
人妻の顧客の一人に、何かと「よくわからないからちょっと来てくれない?」と呼びたし、注文をつけてくる人がいた。
挙げ句、真っ赤な下着でこんにちは、腕を引かれて「きゃ、若くて情熱的ね」な態度。
昇は速攻で逃げてしまった。
やけに呼び出す魂胆はこれかよ!と萎えたまま会社に戻れば「妻が押し倒された」と旦那からクレームが入り、昇の立場はかなり危うくなってしまったのだ。
「俺なんてそんなハニトラどっきりなんてないんですけど、羨ましいわ。ほら、こんなこと言ってるよ俺。異動した方がよくない?年齢的にもステップアッ」
「夏近くなるとお前必ずそれ言うよな」
「だって熱いもん、毎年更新だよ?いつか倒れるわマジで!」
「業績下げてから言えよ」
「宇田の顧客全部貰いましたからねぇ!」
中嶋は仕方なさそうにスポーツ飲料を買い、「ほれ」と浦野に投げる。
「わー経費から引かないでね、さんきゅ」
「引かねぇよいちいち150円なんて」
「でもいーよね宇田は。そんなんでも彼女出来たて」
煙を誤飲して噎せた。
昇がげほごほやっているうちに「あれえ?宇田ちゃーん?」と、浦野は更に追い討ちを掛けてくる。
「マジで?もー別れちゃったの?あの」
「…ぅるっさい、やめろ喋んな浦野」
なんでこいつ…こう、バラしてないのにバレんだよ、これだから全く同期、特にお前はと恨めしく睨めば「っひゃひゃウケんですけどっ!」と爆笑している。
「え?え?いつ?なんで?ウケるわー」
「知らねぇよこの野郎っ!」
一発殴れば「あ痛い痛〜い、中嶋くんこいつ暴力ぅ〜クビ〜」とふざけ倒している。
「…どんまいだな宇田。まぁ次行け。
まぁお前の話は興味ないからちらっと出たけど加東だ加東。外回りの話は確かにちらほらと」
「あー向いてないな。喋れないと思う」
さらっと酷いけどナイス話題転換。確かに浦野に合わせると俺たちは仕事の話が進まないもんな。謎の共通認識。
「んーまぁ確かに冗談で言ったけどお…」
ふと浦野が後ろ、営業部署をチラ見して言った。
「あそこまでくると心配になるよなー…」
浦野も業績トップだけある、バカだけどバカじゃない、人は見ているのだ。
試しに「どういうところが?」と昇は聞いてみた。
「んー…気ぃ遣いすぎ?助かるけど…かなり気ぃ張ってないと…同じ部でも俺外回りだよ?そうそう会わねぇし、クーラー効いてる課にゃあ塩飴とか…持ち歩く?おばあちゃんっ子?」
「んーまぁ…読めねぇところはあるな」
「……俺もお前が最初の仕事だからな、詳しくは知らないが部長がうるさかったって聞いたけど」
- 11 -
*前次#
ページ: