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「なっ」

 不満そうな部長を差し置き、デスクに戻ろうとする。

 「わ〜よかったねシュガーちゃん!」とか、「間一髪だなぁ」とか、木村と渋谷が言っているが。
 「あ!せんぱ…」と焦ったようにばっと立ち上がった加東が、少しフラッとのめり、倒れるように手を付いた。

「…加東?」

 雰囲気が一変する。

 立ち眩みなんだろうか、そのまましゃがみこんだ加東を見て、ヤバイなと感じた。

「え、ちょっ、シュガーちゃん!?」
「ぃや、あの…立ち眩みが、」
「あ、加東、」

 立つな、と言う指示が若干遅かったようだ。

 加東はデスクを支えにまた立ち上がろうとしたようだが、手にもあまり力が入っていなかったらしい。
 滑らせ、後ろにステンっと倒れたのに「加東!」と、昇は駆け寄った。

 流石にまわりも息を呑んだのを感じる。

「大丈夫か、」

 昇が加東の半身を支えながら「渋谷、ちょっと水!」と指示を出す。
 「はい!」と返事をした渋谷は浄水機へ向かう。

 加東の顔は確かに血の気が引いていて、頭でも打ったのか痛いのかはわからないが、顔をしかめている。

「宇田さん、スポーツドリンク買ってきますね、あと、救きゅ…いや、医務室取って来ます」

 加東は、いいですの合図なのか、手をひらっと木村だかに見せ、まだ片手で起き上がろうとするのに「いーから、待て待て」と宥める。

 判断能力も一時的とはいえ、低下してるようだ。

「頼んだ木村。
 加東、ちょっと落ち着け。今は良いから」

 ボケッと宇田と目を合わせながら「昇……、せ、」自覚をすれば息も上がってきてしまったようだ。

「はいはい、加東ちゃん、」

 水を持ってきた渋谷が後ろから覗いてくるが、加東は一気に過呼吸になり始めていた。

「悪い渋谷、ちょっとそこ置いといて。
 落ち着け加東、な?」

 特に、熱があるわけでもなさそうだが、自分でも症状を自覚をしたようだ。苦しそうだが深呼吸をしようとし始めた加東に「よしよしそうそう」と背をさする。

 最早涙目だった。

 一回落ち着いたあたりで「あの、」と喋ろうとするのに「はい水、飲める?」と聞くと、頷きはするがまだだなと、「うんわかった落ち着けな」と声を掛けなおす。

「ちょ、宇田」
「あーあー、俺このままちょっと見るんで!」

 空気も読まない部長に、昇はついつい怒鳴り返してしまった。

「…あの、」
「ん?」
「だいじょぶ、ですから」

 聞き入れず「あーそういうわけで俺も抜けるから」と渋谷に伝えておく。

 はぁはぁと、さっきよりはマシになったらしい、力を入れて半身を起こせた加東はまず、渋谷がデスクに置いてくれた水を飲み、額を抑えて「いや、だいじょぶ…です」だなんて繕う。

 何がダイジョブやねん。

「いや、いいから加東」
「…えっと」
「……あぁ渋谷でも木村でも良いや。多分その文書、消える前のだと思うから打ち込んでやって」
「いや……」
「無理だろ、加東。
 まぁ、後で良くなっても取り敢えず今日は急いでねぇんだわ、ちゃんとやっといてくれたから、大丈夫。一回休もう」
「…いや、」

 木村がスポーツ飲料を持って帰ってくる。

「加東くーん、医務室開いてるってー。ちょっと休も?」

 木村も気を遣ってしゃがみ、そう声を掛けた。

「はい、立てる?無理?まだいいよ、」

 取り敢えず立たねば精神を誘導したようだ、なんとか肩を貸して立たせた加東を担ぎ「んーじゃあ二人ともよろしく」と木村、渋谷に告げておいた。

 帰ることも想定してくれたらしい。
 加東の荷物と宇田の荷物を渡してくれた木村に「あんがと」と礼を言い、兎に角部署を出た。

「先輩…」
「なんだ、」
「すみません」
「…朝から調子悪かっただろ」
「えっと…」
「もー、3年もやればわかんの。だから聞いたんだからな?」
「…いや、」
「んーまぁなんとなく加東がそのへん無頓着なのも知ってるよ、」

 しかし…そこまで追い詰めるほど仕事は振っていないと思っていたが…改めた方がよかっただろうか。それほどウチの空気も、悪くないと思ってたけど…。
 少し考える。あんな状態で「だいじょぶ」を繰り返すなんて…どうかしている。

「あの………、ホントにすみません」

 まあ、さっきよりマシかなと思えば「薬取ってもらっても大丈夫ですか?」と言ってくる。

「…えぇ?薬?」
「…多分、鉄分なんで…」

 うーんいいのか?でもまぁ自分の身体だしな…と鞄を開けようとすると「あぁあ外ポケットの…」と慌てた様子。

 …そうだこいつ、この前とんでもないもん入れてたな。
 と一瞬過るが「はいはい」と、とにかく振り払い、至ってスマートに鞄から薬袋を出し…。

 ぱっと見えた。
 精神科だった。頓服。

「先輩、」
「なんだ」
「…帰りたくないです」

 …真っ先にそれが出るとは…。
 正直…少し、それも過らなくはなかった。なんせ、あの金曜日の後だ。

「…取り敢えずじゃあ、一回休んでから決めろ」

 だが、このまま帰す気ではいる。必要なら病院にも連れて行くし。
 後の懸念は部長だ。あまり医務室に長居させると、嫌味ったらしく何回もチラチラ訪問するだろう。

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