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 医務室に着いても、加東は医務院の話を聞くわけでもなく「横になります」と断固としている。
 時計を着けたままで額に腕を当て、何を言う気もないらしい。

 医務員には昇が状況を話すが、「頭打ってるなら病院に」にも頭を振り、「よくあるの?」にも無言を貫く。

 これじゃあしょうもないなと医務員に薬袋を渡せばやはり「掛かり付けがあるなら」ふりふり。
 さて、どうしようかという空気が医務員との間に流れたので、もういっそ都合が良いやと、昇は「俺が家まで送ります」と答えた。

 それに加東はチラッと、まるで睨むように昇を見て「え」とだけ吐いた。

「だってわかんねーもん。帰すしかねーじゃん」
「いや…」

 いや、じゃねえよ全く、と言うのを堪え「明日ちゃんと来れば良いから」と無難に対応した。

 少し間を置き、これは考えたのだろう、加東は今更焦り出し「いや、やります…」と泣きそうに言うのだが、昇も我慢の限界が近くなっていた。

「…何、困るんだけど」

 はっきり出てしまえば少しの罪悪感が顔を出すが、「当たり前だよな」と諭すしかない。

「わかってる?お前倒れたの。あのさ、そんなに無理しろって誰も言ってねぇんだけど」
「……いや、」
「いやじゃねぇよさっきから。あのな、別に何かあって加東がいらねぇとかじゃねぇの、加東も勿論、みんな気持ちよく仕事するためには必要なんだよ社会人として。あのさ、チームなの。なんなのお前。別にその程度で誰もお前にマイナス感情湧かねぇから、大事だから言ってんの!」

 少し白熱しかけたところで「宇田さん、」と医務員に宥められてしまった。

「…まぁ、確かに…、帰りましょうね加東さん。色々と。誰だってありますからね」

 諭せたかは…。
 加東は「すみませんでした」と弱々しく言い、ゆっくり立って力の抜けた様子で鞄を持つ。

 正直モヤモヤした。何か、伝わってない気がして。

「…帰ります、」

 でも、と続けるのに敢えて「すんませんありがとうございました。はい、帰るぞ」と宇田は被せる。

「…ごめんなさい、本当に」
「…悪くもねぇから謝んないでくれるか腹立つ」

 ほれ、と鞄を持ってやることにし、無言でタクシーに乗り込んだ。

 …これはこれでかなり空気が悪い。
 が、これも学ばねばならないことだとグッと堪え、加東の保険証を元に住所を指定した。

 しゅんとしている死にそうな加東に、ついつい「本当に病院はいいのか?」と聞いてやるが。
 「いいです」と答える覇気のなさに、やっぱり空気は悪かった。

「……ちゃんと頑張ってるから帰っていいって、言ったんだからな」

 そう言うと加東が少し、涙目で見つめてくるので「ホントに…」と言葉を探す。

「…ちゃんとやってるから、俺だって考えちまうだろ、無理させてるかとか。それは能力値とかいう単純な話じゃなくて」
「…いえ、昇先輩は、」
「いや、実質悪いってなんの、こうなると。わかったら休んでくれ」
「………」

 あぁもう、違うんだってば。

「嫌なんだよ、なんか。誰かが無理してんの。寂しくて」
「…すみま」
「いや、ごめん、なんでもねーわ」
「…先輩、」

 ぱっと、今度は意を決したか…なんだか少し心を開いたかのような顔で加東が「あの、」と言ってくるが、やはりまた俯いてしまった。

 なんだ、何に耐えているお前は。

 …しかし、それはきっと、あまり踏み込むのは違う、押し付けであり一方的な…パワハラみたいなもんだなと、こんな我慢で胸が痛くなった。

 …ホント、読めないな全く…。

 当たり前にちらつく。酔ってるとはいえ大号泣した加東を。なぁ、それは一体なんなんだと、それすら呑み込んだが。

 マンションに着いてから、あからさまに加東の足が重くなった。

「もう、あの…」

 しかし、ここまで来た以上は何か…いま一緒にいるんだからと、さっき保険証で見た407に向かう。

 ここまで来れば力なくも、加東は観念したように家の鍵を開けた。

「澄音?」

 奥から、テレビの音と男の声がした。
 ぴっと、加東が一目瞭然で固まる。

 なんだ?

 奥から、背の高いスッキリした顔…如何にも外回りに向きそうな男が、しかしだらっとタバコを吸いながら「おかえり」と出迎えた。

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