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すーっと、血の気が引いていくのがわかる。こっちまで眩暈がしそうだ。
通りに出たところではぁはぁ、と加東はしゃがみこむ。そういやこいつ具合悪いんだったと昇は思い出した。
それにしては泣いたり叫んだり元気ではあったが…。
加東はスマホを耳に当て「あ…、タクシーさんですか?」と、語彙力も低下気味にタクシー会社に電話をし始める。
…いやぁ、これどーしたもんかな…。
スマホをしまった加東はただ下を向いたまま「…騙されたんです」とボソッと呟いた。
「…んぇ?」
「あの人……」
俺はいま騙されてない?大丈夫?
「…んー……」
全然わかんない。
「まずは……えーっと、休もう、うんそうしよう…」
自分にも言い聞かせたが、また、「ぅう…っふっ…」と泣き始めた加東に、これはもうかなりヤバいぞ…と、しかしどうすることも出来ない。
途方に暮れそう……。
…うっわぁ、最近元カノと観たクレイジーな映画、思い出したぁ。引っ越してきた隣人家族、実はなんか人質にされてて…みたいなやつぅ……。
「…あの、加東クン」
ひっ、ひっ、と加東は泣いている。
「…お聞きしたいのですがあの方は猟奇殺人犯とかでは」
「……ぁいです、けどっ、」
「ハイ」
「似たような物で」
「似たような…モノ…」
途方に暮れそう……ナニソレぇ…。
「…きんじょの、お兄さんだった、人で、」
「近所のお兄さんだった人」
俺はオカメインコか。
違うな、違うぞ。俺はオカメインコじゃないぞ。冷静に揶揄する。
「…えっと…」
加東が呼んだタクシーがやってきた。
「乗ってください」と加東は言ってくるが、きっとこれはと予想が付いたし普通に混乱もしているので、「まずは君が乗りなさい」と昇は指示した。
観念したらしい、先にタクシーに乗った加東の後に次ぎ、取り敢えずわからないけどと、昇は運転手に自宅の住所を告げる。
また行きとは違う気まずさが漂ったが、これはもう待つしかない、なんせ…人生、先輩なのだからと、本当は余裕もないくせに、昇は黙って加東を待つことにする。
加東はひたすら俯いたまま、「…近所の、お兄さん、だったんです…」と、まるで犯罪者の自供のような口調で話し始めた。
「…うん」
「…僕は、…特に、悪い感情とかも、なくて、」
うーん、マジでなんか、なんでこっちが罪悪感湧くだろ、これ…。
「…でも、お姉ちゃんは、あの人とは、ちょっと、距離を、置きなさいって、言ってて」
「…えーと、加東クン。一つ発言してもよろしいでしょうか」
「…はい?」
泣きながら首を傾げる仕草も…可愛らしいんだけどと、物凄く罪悪感が湧く理由にやっと行き着いた。
すげぇなこいつ…と思いながらも、「その話は俺ごときが聞いてもよろしいのでしょうか」だなんて、変に尻込みしてしまう。
全く、さっきまでの俺の威勢はどこに行ったんだと昇が脳内で自嘲していると、やはり加東も「はあ…?」と疑問そうで。
「…先輩、さっきまでの勢いはどこに行っちゃったんですか」
「……ちょーどいま同じことを思いました。流石3年やってるだけ…ありますなぁ」
考えてみたらラブホハニトラ事件もそうだ。俺、いざとなったらめっちゃ押され…押し倒されてんじゃん…と情けなく思えば「は……はは…」と、加東が唖然としたような…乾いた声を出したけど。
「…ふ、はっ…!うっ、ははっ、」
どうやら「あはは、あっ、やばっ!」と、笑いも耐えられなくなったようだった。
泣いたり笑ったり忙しいヤツだな…、てゆうか………カオス!
「ハイ、スミマセ」
「え、嘘っ、先輩そんな、き、気にし…ふふっ、」
「あーあーやめてくれ…俺もいまカオスで矛盾と戦って」
「…話しても、大丈夫なんですか?」
しかしふっ、と真面目な声で加東が言うのだから、真剣に「うーん……」と考えるしかない。
コロコロ、コロコロと表情が変わる。職場では見ない光景。
「いや…正直わかんね…だって俺、平々凡々だもん…なんも変わらねーし…」
「…いや、」
加東は少し笑い、「無理は、よくないですよね」と、時間差か、昇の言葉を反芻した。
加東は突如「GPSです」と、昇に何かのアプリを見せてきた。
そしてその場でそれを消し「はいっ」と…笑顔に戻ったので「おおそうか…」と、よくわからないまま流される。
「先輩がなんでそう言ったのか、わかったかも」
「…あぁ、そう…」
「確かに…こんなとき、考えちゃうんですね、こうしたら、相手に悪いのかな、とか…」
「うん…まぁ、そうだな、確かに」
また、加東は黙り込んでしまった。
…なかなか、これはこれで堪えるなと感じ、少し痺れも切れてしまう。
「…仕事だって、持ちつ持たれつなんだから…そんなに信用ないのかとか、思う訳じゃ、ねぇですか?」
「……まぁ…」
「でも、パワハラって言葉もありますしね…?」
あぁあ、もう。
自分を殴りたくなってくるなと居たたまれなくなり、でも、殴るよりかはと、昇は加東の頭をぎこちなく撫でた。
加東が一瞬身構えたが、なんだか、一度そうしてみれば自然と、昇はいつの間にか優しい気持ちで加東の髪を撫でていた。
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