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 パトカーもいつの間にか到着していたようだ。
 阿久津は抵抗、というよりは「なんだよ、」だのなんだのその辺に怒鳴り散らしていたが、結局二人でパトカーに乗った。

 昇に対して阿久津が行ったとする「威力業務妨害」と「迷惑防止条例法違反」の被害届は最早現行犯逮捕に近かった。
 しかし、阿久津が第三者加東の知り合いであるならば会社への突撃は関係者以外、業務外の迷惑妨害行為と言い切れない面もあるし、IDの盗み見に関しても、その加東の名前は出てきてしまっている。

 結局、加東に投げる形になった。

 ならば引き下がろうかと昇が思い始めた頃、加東は自ら警視庁に一人で現れてしまった。
 「大丈夫ですか先輩、」と、昇を確認した加東は今にも泣き出しそうで。

「け、怪我、とか…」
「ない」

 そんな様子からも、やはり加東が最重要人物に変わってしまい、昇にはやるせない思いが残った。

 一番の懸念は…やはり姉の件だ。
 あんなものは恐らく、加東は知らない方がいい、知りたくて知ったとしても幸せなことは何もないだろう。
 この辺は警察が聞き逃してくれたらいいし、…でも、加東自身の被害の件は、多分深掘りされてしまうだろう。

 そこに関して昇は完全な部外者となり、関わりは持てない、帰ることを命じられてしまったが、どうしても加東が心配だった。

 聴取へと向かう加東にすれ違い様「加東、」と声を掛ける。
 加東の表情は強ばっていた。

「……無理するな。
 なんなら、どうなんですか、俺がその場にいちゃ」
「…先輩大丈夫です」

 …やってしまった、と思った。

「…加東、」
「…はい」
「一人で大丈夫か、お前、」
「…大丈夫です。
 わりと、先輩に話せたので、まとまってます」
「そうじゃ…」

 いや、

「…終業後すぐ迎えに行く。待っててくれるか?」

 少し見上げてきた加東が涙とか、歯とかを食い縛ったのが見てわかる。

「無理は………しませんからっ、」

 そう言ってこくりと頷いた背中に、酷く罪悪感を感じた。

 …自分は果たして冷静に対処したのか。ここにエゴをちゃんと捨てられていたのか、だとしても結果、これでよかったのか。

 取り敢えず警察には、「…本人が生きやすいように考慮してやってください」と言い残すことしか出来なかった。

 そのまま本社に戻るとすでに、部署内では騒ぎになっていた。

 「宇田さん加東ちゃんが、」だとか、「殺されるってなんなんですか、」だとか……。

「…そう言ったのか、加東が」
「そうですよ、宇田さんが殺されちゃうって、焦って、」
「宇田」

 木村がいっぱいいっぱいで説明している最中、部長が側にやってきて、ついでに後ろには中嶋が立っていた。

「言いたいことはわかるな?宇田」

 …そうか。
 まぁ、そうだよなと妙に納得すると、中嶋は落ち着いた声で「人事部企画課の中嶋です」と形式上な自己紹介をしてきた。

「…まぁ、ちょっと来い宇田。そこの会議室開けたから」
「…畏まりました。
 木村、渋谷、宜しくな。悪かった」

 宇田さん、と二人が呼ぶ中、昇は中嶋に促されるまま会議室に入る。

 あの短時間であの部長が掛け合ったのはなんだ、人事か。どこまでいってもしょうもない上司だなと、中嶋と向かい合って思う。

 中嶋は粛々とした空気でメガネを上げ、「…宇田、どういうことだ」とシンプルに聞いてきた。

「…どうもこうもねぇよ。俺はついに男にまでストーカーを受け勤務先にまで押し掛けられちまったんで相手を威力業務妨害と迷惑防止条例法違反で警察に付き出しました」
「…困ったもんだな」
「俺ってそんなにイケメ」
「なんで加東が帰ってこない、」

 まぁそうだな。

「…部下なんで。任せました。以上」

 昇があからさまに投げやりな態度だからか、「おいおいそんなんで通ると思ってんのか」と中嶋は言ってくるが、まぁ嘘ではない。

「思ってねぇよ?まぁ、人事が来たっつーことは俺はどこに行くんですかね?」
「…宇田」
「なんだよ」
「…加東はよく説明をせず慌てて出て行ったとお前の部下たちが言っている。部長も納得してないから俺が来てるんだろ、俺がいなかったら今頃俺の部長が来てるよ」

 …そうだったのか。
 しかし、あの状況でまず出てきた言葉は……どうやら俺が殺されるかもしれない、これだったらしい…。

 それが、酷く悲しいと思えた。
 そんなにあの男が驚異だったのに、いや、何より…あの動画だ。それで真っ先に保身より他人のことが口を吐いたなんて。

「…言うことは変わりませんけど」
「尚更だな、来てよかったわ。いくら威力業務妨害だとしても警察沙汰とかお前、切られるか異動だぞそんなの、わかってんだろ」
「まぁそうだろうな。あ、安心しろ上層部にでも言っとけ、俺は別に「会社が守ってくれなかった」とかで訴えたり」
「宇田!」
「…しないって」

 珍しくこの鉄面皮が怒っている。
 確かに、思ったよりも事は重大だ。

「状況を客観的に見て考えろ、普通ならその立場は加東だ」
「…言わねーよ人事になんて。そこまでプライベートに踏み込んでくるならそれこそ裁判沙汰だわ」
「…プライベートなんだな?」
「そーだよ会社にゃ関係ねぇわ」
「…あーもう話が通じねぇ。タバコ吸いたい」
「奇遇じゃん、俺も。昼すら吸ってねーし」

 こんなところじゃ、良い加減自分も気が滅入るし…正直押し潰されそうだ。

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