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 中嶋は多分それを読んだのだ、だからこの空気になる。ならば感じるだろう、結構ヤバイことが起きているんだと。

 ふらっと二人でわざわざ、非常階段の踊り場まで出る。
 通り際部署を覗けば、完全に葬式ムードになっていた。

 風もあまり吹かない場所。光も射していない。ただ、久しぶりではあった。
 ここで何度か、中嶋と浦野とタバコを吸って愚痴りまくった若き日がある。

 中嶋はタバコを噛み「で?」と言った。
 昇もあやかってタバコに火を付け「は?何?」と返す。

「…じゃあまずは希望を聞いとこうか」
「俺の?」
「他に誰がいる」
「んーじゃーあ、通るなら本人が望むようにっつーのが最優先かな」
「あぁそうですか。友人として聞くがこれもつまり加東の問題だよな」
「…いや?実際呼び出されたのは俺だ。たまたま加東とそいつにいざこざがあっただけで」
「なんで飛び込んだんだよお前は……昔からそうだよな、世話焼きっつーか。そのわりに上手くねぇんだよな自分が思うほど」

 …まぁ望んでもいないがどうやらそう軽い調子で返してくれるわけもなく、イライラしたような口調で中嶋は畳み掛けてくる。

「流石友人だ、痛いこと言うね〜」
「会社に言っちゃマズイことなんて、お前なんでそういう碌でもないことに首突っ込んだよ」

 わかったら、苦労しねえよ。

「ホントにな。碌でもねぇよ。
 なんでかもわかんねぇよ。別に俺は平凡で正義感とか向上心とかある訳じゃねぇから、そんな器もないのにな」

 だから考えてしまうんだ。俺はどこへ行こうとしてるのか。どうしたいのか、何がしたいのか…。
 しょうがないだろう、加東の泣きそうな顔が浮かんでくる。痛いんだ。凄く。

「……宇田、」
「加東のストーカーだっつーのはなんとなくわかったと思うけど、お前の事だし。つまり」
「それ以上のことか」
「そうだな。最悪あいつが殺されでもしてたらと思うと無理だわ俺」

 言っていて若干言葉が弱くなり熱を持つほど心が痛む理由も…知らない、知らなかったんだよ。
 だが自分もどうやらこうして、保身には行かない…行けないようだなと風を眺める。

「…宇田?」
「あれは、加東の姉ちゃん、殺してる」
「……はぁ?」
「直接じゃないけど。
 ついでに言うと俺は終業時間になったら加東を迎えに行かなきゃならない。誰か、その場だけでも、すぐに側にいないと…わかるか?」

 もうこれ以上深掘りさせてやりたくもない。どうか俺で止めてくれよ、中嶋。

「……なるほど」
「いや、まぁ俺は…知らないよ?なんか知らんヤツからメール来て行ったら傷害罪なわけ、」
「…いいよもう。わかったわ、全く…お前が凹むとか…いつから抱え込んで」
「あーあーその辺心配すんな、一昨日。今あいつ、俺ん家に避難状態なんだわ。
 一昨日あいつ、早退したんだよね。この辺どういう処理になる?」

 中嶋は眉間を抑え、「……んもう、わかったわ…」と観念したように言う。

「あーこう、無茶する単細胞バカ嫌いだわ…クビにしてやりたいよ」
「はは、良いヤツだなお前って」

 「過信するなよ!」と中嶋はタバコの火をこちらに向けてきた。

「俺はお前と同じ平だからな。マジで部長が気に入らないとか言い出したら、お前には前例がある、もう無理だぞ。
 まぁ…それは俺も気に入らないから来たんだけどな。訴えられたら負けるし金もない」

 少しだけ笑えた。

「まぁいいってば。悪かった反省してる」
「…有給も調べないとな…たくバカ。後で奢れこのバカ」
「おうよう。
 そういえば加東、めっちゃ食うんだわ。奢り甲斐があるぞ」
「…へぇ、そうかい。なぁ、どうしてそんなに肩入れした?」

 特に答える義務はないが、素直に「答えられる理由がない」と答える。

「…まぁ、なんか、わかった気はしてるけどさ」
「まぁいいよバカの理由を聞くのも無駄だし」
「ねぇさっきから暴言じゃありませんこと?中嶋さぁん」
「…お前と言い浦野と言いなんなんだこの前から!」
「いやぁ一番の出世頭には色目使っとくかなって」
「あーバカだお前。一回刺されてみればよかったのにな」

 これからどうなるかは中嶋クンに掛かっていますが、まぁ、「なんでもいいよ」と言っておいた。

 実際結構、そう思えてきていた。
 部下の仕事スキルも心配はないし、上司は嫌いだし。

 そう割り切っても尚、どうやら切りきれない物がある。リストカットの傷みたいに。

 あれに触れたとき、それでも生きていて、よかったな、だなんて思ったことにも驚きなような…はっとする気付きが多分、あったんだ。

 タバコが苦々しい。

 少し腕を投げフェンスに寄り掛かるのを見た中嶋がどうして声を掛けてこないかもわからないが、昇は俯いて泣きそうになっていた。最近歳のせいかホントに…弱い。

「…どうせ今日は戻れねぇし、そもそも時間掛かったなぁ、17時じゃん。もう早く行けば?」

 そんなにいたのか警視庁に。全然感じなかった…必死で。

「ん……」
「なんだよ」
「…少し待てや容赦ねぇな…」
「写メ撮って浦野に送ってやろうか、レアだわ」
「勘弁してぇ!わかったよもう行くわ!」
「ハイハイ。明日取り敢えずフツーに来い。加東もな。出来なかったらも〜わからんから」

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