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 はぁ、はぁ……と、加東の息遣いが聞こえる。
 …っはぁ、っふあ、と、温度までわかる近さにどうにかなりそうで、しかしまだストッパーは外れていない。
 いっそ…好いなら外れればいいのにと、どこか隅の隅っこにそんな自分も混在しているカオス。

 …っふっ、はっ……っひっ…うぅ………っぅ、

 温度は高かった。
 ……不規則…動きがゆっくりになった、ような…。

 このカオス、そろそろ本当に耐えられない、メンタルがと、昇は恐る恐る薄目を開けた。

「………!?」

 目を見開いてしまった。

 加東が眉をしかめ、喉に痞るように泣いていた。
 加東も昇が目を開けたことに気付き、はっとしたように眼球をはっきり開ける。

 バツが悪そうに少し目を反らしてきたが、加東があまりにも大粒の涙を浮かべていたので「どうした…、加東」と声を掛け、ついつい目元に手を伸ばしてやっていた。

「…ぇえ?」
「………」

 …なんだ、この状況は。
 加東は完全に動き止め、戸惑ったように目を伏せる。

 これはもしかして何か…と、昇は兎に角、涙を拭ってやるに努めることにした。

 ふと目を合わせたので「何かあったのか?」と昇が冷静に聞けば、加東はまた伏し目になりつつも、はっきり眉を潜めて「ぅうっ…、ふっ、」としゃくる。

 耐えられなそうに、ぼろぼろ、ぼろぼろと流れる涙を袖で拭い始めた。
 時計も邪魔になったようで、がちゃがちゃと外してまでも泣いている。

「あー……まぁ、」

 自然と昇は加東の背を擦り、なんなら少し力を入れ頭を胸に引き寄せ、「はいはいよしよし…」と宥める。

「……っう、あ、ぅあのっ、」
「んー……」
「ご、ごめんな、っさい、」
「んーまぁよしよし…泣いてろ泣いてろ」

 うぅ、ひっく、と腹の上でやられるのは若干重くて苦しいが、確かにこんなの、酔っていたとしても異常だよなと冷静になってくる。

 ケツはするっとしまってやる。
 伝わる体温はとても高かった。

 帰らないとも言っていたし、多分私生活で何かがあったんだろ……。

 横を見ると、さっき加東が放り投げたネクタイが目に入る。

 …黒ネクタイ?
 
 はっと加東の姿を眺めればそう、リクルートのように、上下黒のスーツで……。

「…もしかして、誰か亡くなったのか?」

 加東がぴくっ、とした。

 会社はスーツ指定だし、いつも派手な物は着ていないが、……うん、スタイリッシュな印象もなくはないというか…。
 いままで似合わないと思ったことがなかったというか、違和感もなく自然だっただけに、今日だって意識もしなかった。
 今時の子のお洒落は多様で、自分にはわからない面もあるとはいえ、どうして気付かなかったんだろう。

 一般的にこんなの、どう考えても喪服だろう。

「………姉、が、」

 …そうか。

「…ぅぎょぅ、命日っ、で、」
「うんわかったまずは落ち着け?」

 ひっく、ひっくと泣く加東に、まずは落ち着かせねぇとな…と、昇はそのまま暫く加東の背を撫で続けた。
 しゃくりが治まってきたところで「よし、」と、加東を横へ退かす。

 股間をしまい、「水でも取って」くるわ、と言おうとしたが、ちょんと裾を握られ敵わなかった。

 ふと、ぎょっとした。
 その、裾を握ってきた袖の隙間から見えた、いくつかの手首の傷に。

「…先輩」
「…なんだ?」
「も少し…」
「…わかった、けど、」

 これもいままで全く気付かなかった、何故だろう。
 
 加東は疲れたように笑い、目を閉じた。
 まるで、いつもの社内のあれじゃない。
 あれが……完全なる虚構なのだと思わせるような、そんな穏やかさまで備えて。

「…ん?……寝るの!?」

 返事もしないまま、すぐに小さく息をし始めた加東に「…マジかー」と、昇は思わず呟いた。

「…床じゃん…」

 てゆうか玄関じゃん。

 あまりに穏やかな表情に、けれど号泣も忘れられない、インパクトがあった。
 「全くなぁ…」と加東の頬を指ですりっとすると、涙のせいかぱりっと湿っていた。

 …この不安定さは、一人で家にいたら何を仕出かすかわからないレベルだったかも…。

 まぁ、しゃーないなと、まずは靴を脱がせる。が…。

「…あれ?」

 底上げしていることに気が付いた。

 予想よりも小さかったのか?と思ったら「はは…っ!」と笑えてしまった、笑っちゃいけないんだろうが。
 まぁそう、元から可愛い後輩なのだ。

 肩に腕を入れ、運べるもんなのかと思ったが、意外と重かった。
 さっきまでそんなの感じなかったのに。

 でもそういえばめっちゃ食ってたしな、てゆうか男だしなと、「おいちょっと起きない?」と声を掛けみるが「…ん?」と、一瞬起きたかどうかわからないような反応。

 少し苦労をしながらもベットに運べば「はーっ…」と、自分も相当疲れていた。

 そのまま半端にベッドへ寝転び、なんだったんだかなと息を吐けば疲れがどっときた。ふかふかベッドが思い切り凹んだのではないかというくらい。

 ぼんやり、健やかに眠っている加東を見て、昇も気付かぬうちに眠りについていた。

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