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朝、早めに目覚めて早々、真横に加東の寝顔があった。
甘いシャンプーの、臭い……。
ばっと起きた。
がんっ、と、頭痛がする。
ついでに布団を剥いでしまったようで、「んー……」と加東も起き出してしまった。
…羽毛布団っ!
「あ、」
「……おはよぅございます」
寝ぼけた口調の加東の存在に、まず自分の身ぐるみは剥がされてないかと黙視した。
大丈夫。しかし加東はパジャマだ。
てゆうか、そう、俺多分寝落ちしたけど。布団まで被されてるし……あれ、ジャケットがないなとキョロキョロすると、「あ、スーツ、ソファーです」と、加東はすぐ側を指差した。
…やっぱり手首に傷がある。
最早隠さないことにしたのか、と思うくらいに、それはパジャマから露になっていた。
「あ、あぁ…」
きちんと畳まれた自分のジャケット。テーブルにはタバコと財布が出されていて、「別に何も盗っていませんよ」という加東の意思を感じる。
てゆうかここ、ハンガーすらなかったのかなとぎこちなくキョロキョロすれば、掛ける箇所は見つかるのだが、肝心のハンガーはないようだった。
「…少し早いですね、朝ご飯は買ってきましたよ」
スマホを見る。というか充電まで差してあったらしい。6:28、土曜日。
どうやら、こいつは一回起きたんだな。
「…あー悪いな、なんか」
「いえ。こちらこそすみませんでした。これ、寝心地良いんですね」
さっと起きて昇を跨ぎ、降りた加東は「はーっ!」と、伸びをした。
パジャマから伸びる生足はやはり細いというか、まず毛がなかった。
「………?」
でもその前に、軽く二日酔いだ。
振り向いた加東は昇の表情を読んだのか、「あー…、」と控えめに笑う。
「朝ご飯と一緒にスポーツドリンクと肝臓のやつ買ってきました。頭痛薬も持ってるんで、飲んでください。よかったら酔い止めもありますけど…」
「……あぁ、ども…、」
……どうやら加東は、全くいつも通りらしい。
テーブルに置いた袋をごそごそと漁った加東は、スポーツドリンクを取り出し、「はい」と、側に座り渡してきた。
…左手に乗せた薬と一緒に。
こう見ると、前からだとわかるケロイドのような傷まで、いくつもあるようだ。
「…これ…、」
「…あぁ…こっちが鎮痛剤でこっちが酔い止めです」
…わかるだろうに。
鎮痛剤だけ受け取りスポーツ飲料で流し込んだ昇は「あのさ、」と、これはいくら触れて欲しくないとはいえ、と、声を掛けることにした。
「…手首」
「…すみません、つい」
右手で左手首を隠す加東に「別に隠さなくても…いいけど」とバツも悪くなる。
「お見苦しかっ」
「まぁ気分はよくねぇよ。ただ、今更だな。昨日のカオスの方がヤバい」
そう言うと加東は一瞬だけ無の真顔になったが、理解したのか顔を反らし、照れ気味に「あっ……、すみません、」と謝った。
あれ、何それ。
照れんの?それ。
それがわかれば自分も何故かばっと照れ、「いや、まぁ、違うけどさぁ、」と顔を反らしてしまう。
てっきり、なかったことに、みたいな感じ…にしては確かに、昇を寝かし直しているだとか一緒に起きるだとかなんだとか、まぁそもそもここが事件現場だ、誤魔化しも効かないけど…。兎に角逃げ去りはしなかったようで……。
「……〜っ、」
声にならなそうな…表情で照れは訴えている。
まぁ多分、なんて言って良いかわからないんだろうが、まさか男にこんな反応をされるなんて、人生で想像した瞬間がなかった、いままで。
「…ん、まぁ、えっと、飯、食うか…何?何買ってきたの一体」
矢継ぎ早になってしまうが「あ、ああタマゴサンドです」と加東は言う。
…それ昨日、お前が食ってたやつじゃん。
「…ははっ、」
急に和んで笑ってしまった。
「…昨日お前食ってたよね」
「……昨日?」
「昼だよ昼」
「そうでしたっけ…」
まぁ、実は調子も悪かったんだよな、お前。
「じゃーくれ」
普段なら特別、買うことのないチョイス。珍しい。
加東が「はい」とタマゴサンドを持ってきたが、どうやら自分の朝飯は買っていないようだ。
袋がひらっと、テーブルの下に落ちる様がクラゲみたいだと思った。
「朝飯食わねーの?いつも」
「ん?あ、はい」
「そんなんじゃボーッとするぞ。はい片方。濃いわちょっと」
「…はい」
別にタマゴサンドくらい、わけはなかったが、そうすればこの後輩がこうして従うことを知っている。
タマゴサンドをぼっと眺めてから、はむっと食べ始めた加東はもう、殆どがいつも通りだった。
自分はほぼ一瞬で食べ終えてしまった。
加東はまだはむはむしているが、横目で「お風呂暖めましょうか?」と言ってくる。
「泡、ホントに出ました」
「だろうな。バラは?」
「バラ?……まぁ、いい匂いでした」
だろうな。横でも微かに薫ってくる。
よくよく考えれば昨晩、あのぬちゃぬちゃ後、間違いなく風呂に入っていない。
昇は自分で風呂を温め直して入った。
やはり、仕事とは違う朝。入浴剤の効果か何か、ヌルヌルして、その後、すべすべした。
そうこうしているうちに退室時間が来て、「じゃ、また月曜」と、加東と普通に別れることが出来た。
本当は、少し不安だけどと、細い背中に思いながら。
澄音は一度、少し歩いてから宇田の背中を振り返った。
そう、あの背中。
『気にすんな。じゃーな』
と、そのまま営業へ出たあのときの背中に。
「…ふふ、」
憂鬱だったそれもすぐに暖かくなったのも、変わらない。
夏風がそよぐ。
お姉ちゃん、どんな気持ちだったかな。
どこか遠くへ、行きたい気分。
少し浮き足立つように、澄音はそっとその場を去った。
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