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長野の実家の実家はとても大きな家で、まわりには畑しかなかった。
福島もそれなりに田舎ではあったが、それよりも広大で…空気が綺麗だなと、着いてすぐに感じた。
福島には潮風があったからかもしれない。
確かに、東京よりは良い。俺は後に東京に出た時、一週間は環境に慣れず高熱を出したものだ。
勿論、東京も慣れればそれなりに好きにはなれた。
俺の入院中、おばあちゃんとおじいちゃんは、俺と母が暮らしていたアパートの手続きやらなんやらと、二人でちゃんと済ませてくれたようだった。
「ほんれ、慧ちゃん」
実家になったそこに着いたとき、まず始めにおばあちゃんから通帳を渡された。
「…え?」
ちゃんと「カガヤ サトイ」の名義で、開いてみれば1,2,3,4,……7桁の数字が入っていて、ついついおばあちゃんと通帳を交互に見てしまった。
「…なに、これ」
「おめが産まれた聞いてからぁ、ずっとな、お年玉も入学金も、いつ渡そうかて、貯めてたんに、じいさんと二人で」
それを聞いた瞬間、俺はどうして良いか…ただ、着いてすぐ3人で抱き合って泣いてしまったのを覚えている。
「よかったなぁ、よかったなぁ、」と言ってくれたことに、どうして今まで会えなかったんだろう、ただ、だからこそ良いのかどうか、わからなくもなっていた。
「でも…貰えませんよ、だって…」
「良ーがら、おらたちにゃこれしか出来んに、今までどーしてたんだら?」
そして今までの生活だとかの話をしたはずだったが、そもそもずっと暮らしてきた話なんて何もかもが当たり前だったし、それほど話せたわけでもなかった。
けれども二人は、「うんうん、」「えらいこわかったなぁ、」と俺の話を気の毒そうに聞いてくれていた。
そっか、結構やっぱり変…というか、辛いことだったのか。たった少し話しただけでこんな反応だし、俺も二人に話していて、やっぱり痞ていたような…違和感があった。
「慧はなぁ、優しい子だんに、大丈夫、まだわからんでも長くやっていこうず」
それが実は、一番堪えた言葉だったのかもしれない。
「医者も言っとったで、我慢はいけん。よう話してな。なんでもえーで、おらもばあさんも暇だ。はは、」
「そんいやぁ、楽器は慧ちゃんのでよかったんだら?」
俺の荷物は、二人が郵送やらでここに運び出してくれていた。その中に、買ったばかりのギターは確かにあった。
…そして、母の荷物は一切なかった。長野で4年を過ごして知るのだが、病室でおばあちゃんが言った「ぶちゃる!」は「捨てる」の意味だった。
「うん、ありがとう」
「サトちゃんはあれか、しんがーそんぐらいたーになるんかに?」
「んーん、わかんないや」
おばあちゃんは結構、病院でも感情型だったし、縁側で話していても拳を口に持っていき「まー、ばあちゃんはな、あれだ、オノ・ヨーコになりたかったんだぁ」と、お茶目で可愛い人だった。
「ヨーコだからな、ヨーコ。じいさんも昔は髪の毛がふわふわでな、あの…こんな眼鏡!」
両目に丸を作るおばあちゃんに「ヨーコだからなぁ」とおじいちゃんは穏やかに言った。
なんか、意外…。
「一時ぃ、ヨーコはおらをジョンと呼んだんだで」
「あはは、」
「けんど、こん人ぉ、毛ぇがやぶせったいだけでなんも出来んかったんだで。慧ちゃんは弾けるんか?」
「うーん…買ったばっかりだったから…」
「ほうけぇ、弾けるようになったら、おらサトちゃんに惚れちまうかもしれんだんに」
「男前だしなぁ、」
ははは!と笑い合いすぐ、「あっ!サトちゃん!」と、忙しい。
「何、何、」
「どろぼう付いとる!」
「え!」
「あーあー、本当だなぁ。待っとれ」
おじいちゃんがコートから何かを取って見せてくる。
「あ、バカの実だ」
「バカの実ぃ?」
「長野ではどろぼうって言うの?」
「ほうだんに、これはどろぼう」
「そうなんだ…」
「ばあちゃんが小せぇ頃はな、ばくだん言っとったで」
確かに爆弾みたいかも。
「ばあさんは北海道から嫁いできたから」
「そうなんだ!」
「ほんだぁ、信濃よりしみるで、あっこは」
一体どうやって出会ったんだろう、と頭を過ればすぐ「東京の大学で会ったんだで」と答えがやってくる。
「そいやぁ、こりゃあ東京じゃくっつき虫だったなぁ。なぁ?ばあさん」
「そうだったかもしれんなぁ」
「学徒時代よう投げて遊んだ。慧はなっちょだい?」
「…小学校の頃、やったねぇ」
ついついゆったり喋りになれば「はは、信濃っぽい」と、案外すぐに慣れてしまったりした。
「まぁそのうち慣れるだ」
「そいやぁ、サトちゃん、学校はどうすんだら?高校。最近は、なから高校行かんと仕事もねぇだんにな、家みてぇに農家継いだんら、ジョンにはなれんで、」
「まぁまぁ、ばあさんはせっかちだんに。ゆったり考えようず。なぁ?サト」
「はは……うん。あっちでも本当はまだ決めてなかったよ、だに?」
「あー、ちと変だな。だに、はな、「だんに」だな。そんだと、決めてなかったん…ん?ありゃ、わからんようになった、はは」
「まぁまぁ無理しなさんな、ははは。今の若ぇ子らぁはなから使っとらん、テレビがあるから」
「あぁ、ぐるわ行こうず」とじいちゃんに連れて行かれ、所謂「ご近所まわり」をして少しずつ、環境を知った。
ご近所さんには「ジョンだジョン」と紹介され、気まずいような和やかなような。
「おー外からおいでたね?よろしく」と、特に何も強制されることもなく、「来るもの拒まず去るもの追わず」を感じた。
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