16
まさか、帰って来てベッドも血塗れ、風呂場にいるとも思わなかったらしい。
血を水に晒してみようとして状況はわかった、結束バンドは腕に少し食い込んだ程度だった。
帰って来たシルバに「何やってんの」とあれを嗅がされ、生きた気分に戻される。
感覚はわからないが多分、「死ぬ気にもならないようにしてやるよ」と、プラスチックの匂いは増した気がする。
離脱症状なのか作用の喧嘩なのか元からなのか酩酊感もあるし、力がより入らなくなった。
水が出しっぱ、つまり水道は通っていたし、一日一回は浴槽に湯を溜め一緒に入って捨てていた。確かに、血行促進だ。
何日目かは、わからない。
何度かシルバは外に出て行ったし、朝のニュースもやっていた。
シルバがいないときは、あの匂いがしない、その瞬間、異常なほどの虚無と頭痛に襲われる。多分、それほど持続性のない薬の離脱症状だ。
そして昨日、シルバは言った「思ったより早かったな」と。
「なんでだろうな、仲間にもちゃんと伝えてるのにな?愛されてんね、お前」
「シルバさんは?」
少し黙った後に「さぁな」と言った。
「なぁさとちゃんよ、お前の恋人って何してる人?」
そして今日は、外に出ていない。
そろそろかもしれないなと思ったが、限界はとっくに越えている。
そうなると少し、丹後が羨ましかった。
自分もセックス大好きだったらな、テクノブレイクだなんてと、それも受け入れてきて「シルバさん」と声を掛ける。
声を掛けるだけで「なんだよ」と乗っかって触れてくる。確かに良い加減何もかもが快感になっていた。
あれから何回?それどころじゃない。ずっと眠れていないから。興奮剤的なものかもしれない。
注射も何回かされたが、気分によって水は口移しされる。
動かないで死ねる方法と言えば舌を噛むしかないのかもなと、状況に慣れ頭がまわらないことにも慣れてきていた。
ひたすら真っ直ぐに希死念慮か快楽かの二択。
「あーあ、舌から血ぃ出てるよ」
そうしてキスをされるのも痛くなってしまった。酷く血が出る。もう快楽の先の逃げ場を失くしたようだ。
「さとちゃんさぁ」
「……あぃ、」
「彼氏にはなんて呼ばれてんの?」
ふと、我に返った。
シルバはたまに、例えば半井の名前を出したり黒田の名前を出したり、自分が死にそうになるとこうして現実に引き戻してくる。
質が悪い。
…まるで、大切な人の名を、思い浮かべるような。
「…かれし?」
「忘れちゃった?」
「…いない」
「好きな人とか」
「わかんない」
「あっそう、なんて呼ばれてんの?」
そして言う、「今日は彼氏プレイしようよ」と。
「かれし、プレイ」
「そ。一番気持ちいい」
「あのね、」
笑える。
「一番気持ちいの、ここまで」
お前には無理だけどね。
腹に触れると「へぇ」とつまらなそうにシルバは言った。
ただ、情緒不安定なのはどちらも変わらない、あっちもあっちで苦しそうなようにも見える瞬間が…ある。
それくらいは冷静だった。
「流石、クソド淫乱だね」
「ふふ、ははは」
「楽しい?」
「たのしい。
ねぇ、寂しーんでしょ?」
「……可愛いねお前、バカみたい」
相手が背中に手を回し「彼氏どんなプレイすんの」と、がつっと入れてくる。
「んぁぁ、」と、相手が喜びそうに喘ぐ自分、あぁ死にそう、殺してくれれば…互いに死んじゃえば良いのにね。
「んもっと、声低い」
「…あっそ」
「ねぇ、彼氏プレイなら…」
「ん?」
「早く殺せよ、クソ野郎」
「元気だなぁ」と言うシルバははっと自分を離し、次には背面座位で持ち上げる。そして布を嗅がせながら「殺してなんてやらねぇよ」と楽しそうに囁いた。
「…んあぁっ、あっ…、だ、め…それ神父が」
「良い声だよねぇ。死にたいなら彼氏の名前呼んでみ?殺したくなるかもしんない」
「…えざきさん」
「江崎さん。なんて呼ぶの?」
「さとい」
耳元で「慧」と呼ばれた。確かに、妄想でもしとこ、と思えば「あぁっ……」と、結構早めにイッた。
「若いねぇ、いいなぁ、まだだね」
「ん…まだ、」
「元気だなぁ」
「もっと奥、シルバさん」
「…殺してやりたくなるな、確かに」
「どうして、…こんなこと、してるの?」
後ろ手に取られガツガツ突かれるが「ちがう」としか出てこない。
「ちがう、こんなじゃない、」
「でもよさそうだけど」
「ちがう、違う、もうやめて、殺して、お願いもう」
「は〜いお薬〜」
また吸わされてぐっと背が伸びる。でも、まだ違う。現実と妄想のギャップが酷い。
もう頭の血管もう全部切れてる気がするよと、「しぬ」と口から出た。
「死ぬほどいい?」
「…もう……無理、」
「慧」
あぁ助けて。
もう本当にダメだ。何もかも狂ってる。もう多分、自分じゃない。
「…たすけて、っぁ、たすけて、お、お願い、も…ムリ、たすけて、殺して、あぁっ、死にたい、ああっ、」
…誰に言ってんだよ全く。
顔を歪め「死ねばぁ?」と、シルバが言う。何回目だろ、そう言われたの。
「ぅっ…はぁ、っう…っ、」
嗚咽が漏れていく。
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