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 「ごめん」と言って握ってくれた手。

 右手…こちらは指が変に閉じて硬直気味だ、過呼吸だったのかな。脳でグー、パー、と命令していても僅かしか動かない。
 ふっと平中くんが手を出し、ぐい、ぐい、と硬直を解くように揉んでくれた。

 左手は、痺れているくらい。やはり熱中症だなと「左手、少し痺れるみたいです」と隊員に伝えれば、平中くんは少し立ち、そちらも解すように揉み揉みし始める。

 救急車は、これで人生…五度目らしい。

 三度くらいは幼い頃に高熱か何かで、母親が呼んだのだと聞かされたことがある。
 前回職場で倒れたときに同乗したのは芳明だった。こんなとき側にいるのは、大抵身内なんだと思っていた。

「眞田さんにも言っといたから…。
 そういえば助かったっちゃ助かったけど、ケータイロックしなよ」
「………あぁ、」

 あれ、確かわざと外したんだよな。

「わざと。…身体弱くて」
「…何かあった時のためにってこと?」
「分かりやすく…入ってたでしょ」
「確かに、旦那って付いてりゃ親戚よか間違いなく近いよなって思うわ。
 緊急用の簡易のやつも…そっか、自分が意識ない時じゃ誰もわかんないもんね。
 意識ハッキリしてきたね。さっきまで「ヨシアキ〜愛してる〜」しか受け答え出来てなかったよ」

 しかし平中くんはすぐに笑ってしまい「嘘だけど!」と白状した。

「あぁ、よかったですね。この調子なら多分、点滴で帰れますが、頭打ったんでしたっけ、右側ですか?」

 救急隊員にそう聞かれると、平中くんは「ええと……」と考え始める。

「あ、そうです…ね、指輪って左だもんな。ん?でもあれ…?こう、庇ったから…」と平中くんはシミュレーションを始め、「……そう、かも。がんっと横に一発、500ミリペットボトルが」と言っていた。

 そうだろうと思っていたが改めて人から聞かされると凄いものだな…と、どこか遠い。

「ちなみにお茶とかカフェイン系は」
「いや、実はあれノンカフェインのなんすよ」
「知ってらっしゃったんですか?そうなんですよ」

 思ったよりも、救急車の中はほんわかしていた。多分、隊員の気遣いだ。

 救急車から降りてもどうやら芳明の車が見当たらないまま、春雪はぱぱっと担架ごと降ろされ、緊急口から搬送された。
 救急隊員が医者に引き継ぎをする側で急にすっと、独りになったような気がした。

 本当に呆気なく同乗者とも…まわりの風景からも引き離される感覚、意識があるとこう見えるのかと、人生五回目にして初めて知った。

 前回の記憶はうっすらしかない。気付けば病院の天井が見えていた。
 過労とストレスによる突発性てんかんというものだったらしい。

 意識が戻ったときの説明によれば、突発性のてんかんは現代の若者に意外とよくある病なんだそう。
 その時点では大した問題でもないらしいが、二回目は完全に“クセ”になってしまい、正式に“てんかん”という診断が下り、障害者手帳すら取れるようになるのだそうだ。

 …熱中症ならまだいいな。

 てんかんは、まだ明確な原因が不明で、発作を抑える薬をずっと、大体一生、飲み続けるらしい。
 いつ意識がなくなるかもわからないし、眠くなる薬だから…車乗れなくなるやつだ…と、ぼんやりと考えているうちにあれよこれよと、いつの間にか腕に点滴がぶら下がっていた。

 …このブドウ糖のやつ、どっかで見たことある気がする、なんか、「おブドウだね〜」と、楽しそうに母親が言っていたようなと、ふと思い出した。

 芳明が病院に到着したのは案外遅かったが、早い方ではあった。

 少し大きな事件の会議中に春雪から着信があった。
 まずないことなのでもしや…とまわりに断りつつ会議室を出て電話に出ればあの、平中レイアが冷静を演じるような低音で「西賀さんが倒れました」と言った。

 本人が電話も出来ない状況…昔あったんだよなと、聞いたことを淡々と職場で話し現場へ直行すると、丁度春雪がストレッチャーで救急車に乗せられるところだった。

 すると、様子を伺っていたように…ドラマの主人公、大手アイドル会社の子が、恐らくマネージャーであろう芳明と同じくらいの歳の…アイドル落ちでもしたくらいの男前と現れ、そろっと、バキバキになったアイフォンを見せてきた。

「西賀さんの親戚?ですよね。警察って聞いた。器物破損とか、取り扱ってますか?」

 それを皮切りに彼は、どうやら頭が良いらしい、スムーズに自体を分かりやすく話してくれた。

 アイドル、長嶋ナガシマショウ、本名長下ナガシタノボルとマネージャー、武田タケダヤスシはかなり優秀なのか、現場慣れしているのか。

 武田のアイフォンの映像は『……じゃね?まわして』と長下の声からスタートしバタバタ、咄嗟にという雰囲気の映像で、監督がペットボトルを投げ春雪にクリーンヒットし、ぶっ倒れる瞬間を捉えていた。

 明らかに春雪を狙っているような…怯えているからわからないが、ヒロインを狙ったのか。
 春雪はヒロインの悲鳴を聞いてから咄嗟に、という雰囲気で当たりに行ってはいる。

 …まぁ、どちらにしても人へめがけているのがわかった。

 平中が動揺し『西賀さん!?』と言う間にもどうやら、長下は平中へ冷静に指示を送ったらしい。平中がちらっとこちらを見てから慌てて電話をしている様子が確認出来た。

 器物破損の経緯は、そのまま武田の映像にあった。

 長下自身も録画をしたのであろうスマホを監督へ見せ煽り、気を引くとそのまま奪われ後ろにぶん投げられてしまったようだった。

 救急車に電話をする平中、そしてこれを録画する武田を見て脱兎の如く逃げた監督、平中が春雪の方へ向かい、ポケットからスマホを出し芳明に電話を掛けてくるまでが映されていた。

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