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「───久瀬、大丈夫か?」
教師に言われてはっとした、ぼーっとしていたようだ。
「あ、あはい」
「…じゃあ取り敢えず読んで、今んとこ」
えっと、なんの授業だったっけと黒板を見れば多分、理科だ。自分の机の上には開いてもいない教科書があった。
どうしようかと一瞬思ったが、こうちゃんが自分の教科書をたんたんと指で叩いて教えてくれた。
が、それも勿論ここまで来れば教師も承知しているだろう。特に何もなかったかのようにまた黒板に向かい授業が再開した。
「…ありがと」
「…本当に大丈夫なんか」
「うん…まぁ、ぼーっとしてた、だけ…」
こうちゃんはふっとルーズリーフを貸してくれた。
葵は有り難くそれを借り、ボーッとしていた時間のノートをちゃっちゃと書き写した。
…色弱だと知り、こうちゃんはわかりやすく、波線や罫線やらで違いを記してくれている。
あんなことを教師が書いていなければ、きっとこうはならなかった。3割りほどはあのスカート事件と同じ感覚だが、7割りほどは嬉しさがある、こうしてまた、こうちゃんと関係を築けた、けど…。
注意力が散漫かもしれない。そこにどうして後ろめたさがあるか…。
虚しさに繋がってくる。繋がるなら広がる思考、本当は養父の事業を告げる身ではないし、なのにどうしてあの忌まわしい家に…いや、忌まわしいのはなんだろう、自分の本来血の繋がっている家なのだろうか、どこから……こうも歪んでしまったのだろうか。
ふっと視界に指が写り込み自分の頬から目尻へ触れた。
こうちゃんが拭ってくれたようで、やはりもう一度「…大丈夫か?」と心配そうな顔をしてくれている。
都合よくもそれは授業の終わる…何十秒前か。教師も気付いたようだが、チャイムが鳴りそれはなくなったも同然だった。
「…なぁ、葵、」
こうちゃんがそう言うのがどうにも居たたまれなくなり、「ごめんありがとう」と早口で教室を飛び出してしまった。
自分でも何が起きたかいまいちわからないが、兎に角そこから消えたくなった。
俺、何をしてどうなってるんだろうかと考えそうになる瞬間、葵は一度、意図的に思考を遮断してみるのだ。
「ねぇねぇ」
そんなときふと、袖を引かれた。
振り向けば、あまり覚えもない…特徴といえば少しおっかなびっくりな態度の男の子、くらいな人物がいた。
「…はい」
「久瀬あおい君、だよね?」
…相手にはどうやら葵に覚えがあるらしいが、…誰だろう。
まぁ、自分は表彰とか、受けたことがあるけど…果たしてそこまで人は他人を覚えているだろうかと葵が考えたとき、「元2組の鈴木なんだけど…」あぁ、元2組か。けど、鈴木って多分一人じゃなかった…。
葵が何も言えずに考えていると、相手も俯いて何も言わなくなる、言いたそうだけど。ただ、あのクラスには良い思い出がないなと「…何」と聞くしかなくなった。
「…ちょっと、話したいことが、あるんだけど…」
…煮え切らないな。
「何」
その「鈴木」がちらっと、手洗い場の側にあるトイレに視線を寄越し「この前…」と濁した。
なんだ?一体。
「…何」
「あの、トイレでさ…」
ピンと来てしまった。
特に何も答えはしないが、葵は取り敢えず鈴木の手を取りトイレに入り「どうしたの」と聞いた。
あの日あまり考えないようにしたが、もしかすると「そこでさ…」と、案の定鈴木が真ん中の個室を指差してくる。
…不注意だったな、やっぱり誰かいたか。
「そこで、何?」
「…誰かと…その…」
わざとらしく溜め息を吐いた葵が思い付くのは一つしかない。こいつを黙らせようという思考。
ならばとふいっとトイレから出ようとするが、鈴木は葵を引き止めようと「なんかしてたよね…!」と、先程より強く主張してくる。
…だからなんだって言うんだか、でもまぁ、この目付きは知っている。
葵は笑顔を作り振り向き、「ちょっと待っててよ」と言い放つ。
「2組なら知ってて言ってるんでしょ。持ってくるから。君も先生になんか言ってきたら?」
「…へ?」
「保健室だとかなんだとか、テキトーに。楽しもうよ、そうでしょ?」
それだけ言って教室に戻った。
当たり前にこうちゃんも優翔くんもいるけれど関係ない。見ないようにして鞄を取り、再び教室を去る。
たじたじしたままの鈴木は未だそこにいたが、幸いにも誰も来ていないし、葵はさっさと奥の個室へ鈴木を引っ張り入れ、便座の蓋の上に座らせた。
「…あおいくん?」
「俺のこと、知ってるんでしょ?」
こちらが声を潜めれば、相手も声を出さず頷く。
がっと、鈴木の後ろのタンクへ手を付き「どっちが好き?」と聞いてやる。
自分がいま自棄を起こしていることくらいはわかる程、状況を客観視していた。
恐る恐ると見上げている鈴木を眺め、どこかで「こうちゃんにやったことと同じなのにな」と心が冷えてくる。
多分、そう。
「…女だと思ってるでしょ?」
それを、バカにしてるでしょ?
そう思える自分に笑いそうだ。なんで、この見ず知らずのはずのこいつに対してはこうも冷たい気持ちなんだろう。
「…え、いや…」
「ずーっと聞いてたんだ?」
もじもじと下を向く鈴木のネクタイを引っ張り「ねぇ?」と訪ねる。
鈴木はやはり、含みのある表情をしていた。
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