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「…まぁ取り敢えずそのままうつ伏せでいてくれる?一応」

 つまらなそうにそう言った保健医は、洸太の「は?」と被せ「あー、ダメっぽいなありゃ」と呟き葵が出て行った扉を見、「久瀬さーん、おい、いますかー?」と声を掛けている。

「君は何君だっけ、宿題の件っつって呼び戻してきてくんない?」

 三澤は三澤でデスクの上を見、「センセー株やってんすね」と言いながらくいっと保健医を見た。

 …一応、そう言えば教師って副業とか、禁止って聞いたことがあるような…。

「何?興味ある?」

 三澤の追求も涼しい顔で躱し「呼んできてくれたら教えてやるから」と更に促すように扉を見た。
 従うことにしたらしい、三澤は「ふーん」と言って保健室を出て行く。

「終わったら病院行ってレントゲン提出して」

 …意味が、わかんね…。

 理解が追いつかないと、人の条件反射は目前の事柄にのみ絞られる。
 保健医の指示通りに洸太はうつ伏せになろうとしたがキーンと痛む、「いって、」と声が出てしまった。

 保健医は少し目の色を変え「いー身体してんじゃん」と、冗談めいて恐ろしいことを言ってくる。

「…はっ、」
「元バスケだっけ。いいなぁ青春」

 「あいつうるさいからなぁ」と、なんの造作もないような声色だが、保健医は半ば無理矢理洸太の体をうつ伏せに押し付け耳元で「俺は寝技得意だったよ」と、追い恐ろしいことを言ってきたかと思えば離れ…。

「い゛っ、」

 丁度、ぶつけたあたりをぐいっと両手で押し込んできた。

「大丈夫大丈夫、多分折れてねーからっ、」
「う゛がっ!」

 肘かどこかで、尻尾あたりと言っていた場所をグリグリしてから、「ついでにお前右利きだよな多分。ズレてるわ、」と、許可なく右肩の付け根を押さえ込んでくる。

「なっ!」
「今のは痛くなかったろ?」

 腕を離した保健医は「他どっかあれば」と涼し気だ。

「俺整体師なんだよ」
「……はっ?」
「ま、落ちたっつぅんじゃなんとも」

 てゆうか…。

「当たってんぞナニかが!」
「ははっ、」

 やっと退いた保健医は普通に薬品棚を開けながら「いーケツしてるわ」と、棚を開ける左手を見て気付く…。

「き、既婚者でっ!?」
「え?ツッコむとこそこか?お前もしかしてそっちだった?」
「いや違…」
「だよな。聞いてねぇし」

 …言ってねぇもん。てゆうか、これが世に言うサイコパス?なんかやべぇんだけど…。

 ま、ガキにはまだ早いよそんなん、だとか言いながらポイッと大きめの湿布を投げてきては「そゆこと」と、バレてしまったかと言わんばかりに、わざわざ足を開いて側の椅子に座る。

 信じられないんだけど、と洸太が含みを持たせて保健医の顔を見上げると、仄かに笑いやがった。

「あー気にすんな。後遺症みたいなやつで」
「その割になんでんな強調をするかな…」

 変態保険医から僅かでもいいからと離れたいと身を翻し「あれ?」と気付く。
 若干痛みは残っているが、さっきよりマシだし体も軽くなっている…。

「ガキには興味ねぇって。
 大丈夫そうだな、お前は」
「…マジで整体師?」
「初めて受けたヤツは大体そういう反応するわ、名医だろ?俺」
「あ、はぁ…」

 全然頭が追いつきませんが…。

「取り敢えずなんかこう…足閉じてくんねぇかな、全く理解出来な…」
「いや何それ逆に勃つわ、お前床オナしたことねぇの?」
「いーから!話が頭に入って来ねぇんだよっ!」
「強調ってのはしたいからするんだよ、はいこれ心理学ね」
「やめろってば!」
「そんなにぶち込まれたいならぶち込むけど、あいつの弁当屋潰したのは俺だぞ?」

 ……は?いきなり何?

 保険医は仕方ねえなとでも言うように、投げて寄越してきた湿布を箱から取り、ピリピリとシートを剥がす。
 なんの脈絡もない話題、事象に洸太の頭は完全フリーズした。

「もっかいうつ伏せ」

 従うしかない。
 シャツを捲られ少しズボンも少し下げられている自分、「マジくっしゃくしゃだなこれ」と、さっき葵が貼ってくれた湿布をベリベリと勢いよく剥がす保険医。

「やっぱり。従順になるくらいには聞きたかったんだろ」

 いやいやいやいやおいおいおいおい。
 
 手際よくペタッと湿布を貼り、ズボンがあっさり戻されたことには変な安心感を得る。

「…あんた、何者?」
「んー、だから、」

 そのまま本当に興味が無さそうにデスクへ戻り「んー、買い」とマウスをクリックをしながら「保健医であり整体師であり久瀬ん家のバイト」と、呼吸をするかのように、当たり前な調子で本性を語る。

 確かに、単語は頭に入ってきたが…。

「久瀬ん家のバイト…?」
「今はあいつの主治医がバイト内容だな。食ってけねぇんで、派遣非常勤なんて。ま、俺の話はいいでしょ」
「…副業禁止ってマジ?」
「お前、骨と共にズレてんなー、ここは関係ねぇから」
「いやいや微妙にズラしてきてんの、そっちじゃん?」
「いや、ズレを治すのが本職だよ。スリーポイント真っ直ぐゴールにぶつけて良いなら言っちゃうけど」
「…跳ね返るじゃん…入れられたくないんでじゃあそれでいっす…」
「ん。
 元のあいつん家、地上げ屋に目ぇ付けられて麻薬取引に使われちまったんだよ。俺はたまたまそれの調査員やってたわけ。買収する場所はクリーンな方がいいからな」

 …顔面狙ってきてんだろ、マジでこいつ…。

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