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彼と話したのは、同じクラスになった2年目の10月だった。

その日、僕は進路へ向けて面接の練習を担任に申し込んでいた。しかし、僕の前に2人ほど同じく面接練習の者がいて、放課後、二時間くらいまたされることになっていた。

始めは、図書室で本を読んでいたのだけど、図書室なのに同じく空き時間をもて余した同学年の者達が騒がしくて、僕は教室に戻る。教室なら、誰もいないはず。

だが、僕の予想は見事に外れた。

彼は窓の前にあるロッカーの上に座り、目をつぶってiPodで音楽を聞いていた。

彼の名前は吉沢雪也。ベージュのカーディガンから除く指が、微かにリズムを刻んでいる。

僕には気づいていないのだろうか。

僕は、敢えて声を掛けずに自分の席に座る。

「面接?」

だがふいに、吉沢は僕を見て話しかけてきた。僕は少しキョロキョロして、回りに僕と吉沢以外誰もいないことを確認した。

「うん…」

彼は、イヤホンの片耳を取る。彼の長い指を見て、そうだ彼はギターを弾くんだっけと思い出す。

「進学?」
「うん」
「あぁ、だよね。そんな感じする」

ここ最近よくするお決まりの会話。どうしよう。一度話してしまったからには、何かこちらも話を振らなければ。

「・・・吉沢君は?」
「ん?・・・ああ、一応進学」

それは意外だ。吉沢は、不良ではないが教師たちによく怒られている。なぜなら、授業中に寝ているならまだしも、音楽をずっと聴いているからだ。

「意外だね。何の学校に行くの?やっぱり・・・音楽?」
「いや。美大」
「へぇ・・・」
「意外?」
「うん、すごく」

ふと、外から吉沢を呼ぶ声がした。二人組だ。しかし、彼は返事をしない。一人の方が、「あぁ、あいつほら、右耳イヤホンしてっから」と言って、わざわざ左側へ回り再び声を掛けた。

「あぁ、マナブ」
「まったく。さっき呼んだんだぜ?」
「何、ユキ。面接?」
「おう」
「まーいーや。じゃーね」

吉沢はヒラヒラと手を振った。

もう一度吉沢がこちらに顔を戻した時には、会話のネタに困った。

またあの社交辞令みたいな会話に戻してもあとが続かないしな…。

僕は頑張って話題を探した。

僕は、吉沢は最初からずっと音楽を聞いて絶えずリズムを刻んでいることに気がついた。

「音楽、好きなの?」
「いや、別に」

その一言に、僕は返答を考えた。が、何も浮かばない。

あぁ、ちょっと煩わしいのかな。きっと吉沢は、案外彼女と居ても何も話さずに居られそうだな。

「結局は音の振動だから」

吉沢は今日のこの時間で初めて、うっすらとだが笑った。

その笑顔は、どことなく重いような気がした。

「こうやって口から出ていく言葉だって、音の振動だ。空気が媒体の間接的な偶然」

それはなんだか、僕には淋しい結論のように思える。

「だがそれを、偶然にもこうして俺が手にとって耳に流し込む」
「でも、好きじゃないのに常にその偶然を聞くの?」
「聴こえるんだ」

何が?聞こうとして止めた。彼の瞳に、遠い日が映っている気がしたからだ。

「耳の奥から脳髄にかけて、断末魔のような悲鳴が」

吉沢は、リズムを刻んだ指の動きを止め、空中の一点を見つめる。

これは、過去を見つめる顔だ。

「それが煩わしいから、常に音楽を聴く。世界を消すために」

ふと、吉沢はロッカーからぴょん、と降り、目の前の席に置いてあった自分の荷物を持った。

「じゃ、電源が切れる前に帰るわ。面接頑張れよ」

そう言ってひらひらと手を降る吉沢の背に、「ありがとう、じゃあね」と声を掛る。だが彼の両耳にはすでに、イヤホンがはまっていた。

断末魔のような悲鳴。
世界を消すために音楽を聞くのだと彼は言った。

それは、どんな感覚なのだろうか。

僕と吉沢はきっと明日から、またいつも通り。会話なんてもう二度としないかもしれない。したとしても一クラスメイト、そこには何の意味すらないだろう。

だけど少しだけ、自分以外の誰かの意外な一面が見えた。

何の役にもたたない情報。だが僕は、せめて吉沢には誰の悲鳴が聴こえているのか、いや、男性か女性かだけでもいい。聞いておけばよかったなと残念に思うのだった。

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